ヒロイン追放Ⅱ ヘビーフェイス・アルファ

ソビエト連邦

モスクワ

KGB


 庁舎の中で一番大きな会議室にスーツを着た官僚が集まり着席していた。会議室にいる全員が一人の灰色の瞳に銀髪の美しい少女に視線を向けていた。少女はソビエト赤軍の制服を纏っている。背が高くスレンダーながらも女性らしい凹凸に富んだスタイルの良さがあるが、その反面どこか余人を寄せ付けないような冷たい雰囲気を出していた。少女は長い銀髪をポニーテールにしている。前髪は眉の上で横一文字でパツンと切りそろえられており、冷徹な印象を一層引き立てていた。


「ルサーウカ・ルキーニシュナ・ルシーノヴァ中尉。今日ここへ呼ばれた理由はわかってるかな?」


 会議に出席しているKGBの長官が口を開いた。


「はい。察するに叙勲の話でしょう?ジブンは勲章を授与するに値する活躍を先日行いました。誘拐された書記長の息女をテロリストから無傷で救い出しました。書記長から直接お言葉と共に年金付きの勲章を戴くに相応しい武勲です。アルファ部隊の一員として此度の出動の機会に恵まれたことを誇りに思っております」


 ルサーウカはわずかながら口元を誇らしげに緩めていた。だがその反面会議に出ていた官僚たちの顔色は冴えない。


「ルサーウカ・ルキーニシュナ。確かに君は素晴らしい活躍を果たした。十数人もいたAランク異能者である武闘派テロリストを見事に始末し、ご息女を救い出した。…だがその過程に問題があったことに自覚はあるか?」


「問題などありません。命令内容はご息女の奪還。テロリストたちも党要人の家族を人質とすることで国家からの政治的譲歩を引き出すことが目的でした。私は人質を救出し、テロリストをすべて始末しました。何の問題もありません」


 長官は溜息を吐きながら首を振る。


「テロリスト達はご息女が通う高校で誘拐に及んだ。その時に十数名の学友たちも一緒に誘拐した。…彼らはどうなった?言ってみろ、ルサーウカ・ルキーニシュナ」


「なぜそのようなことを気になさるのでしょうか?」


 ルサーウカは首を傾げている。彼女には長官の発言の意図がわかっていなかったのだ。


「いいから言え!他の人質はどうなった!」


「テロリストと一緒に死にました」


「死にました?!違う!お前が殺したんだろう!憐れにも激しい分子振動を喰らってテロリストもろとも文字通りの挽肉になった!テロリストの肉片と混ざってしまったせいで棺桶にも入れてやれない!!」


「殺したわけではありません。ジブンに殺意などありません。学友は自分の範囲攻撃に巻き込まれただけです。ですがそれは仕方ありません。あの場で任務の目標を達成するには彼らを囮にするのがもっとも効果的だったのです。最優先目的はご息女の奪還。第二はテロリストの処理。第三はその他の人質の救出。自ずと答えは出ます。ジブンの判断は正しかったと自負しております」


 不敵に自信の溢れる笑みを浮かべるルサーウカを見て、官僚たちは一様に嫌悪感に顔を歪めた。


「なぜそのような判断を勝手にした?人質の救出が困難であれば本部に判断を仰ぐべきだったとは思わなかったのか?」


「現場の状況は刻一刻と変化していました。実際あの時はジブンの班以外が突入時にミスしたために潜入に気づかれていましたしね。テロリストたちに時間を与えられるような状況ではなかったのです。ですから最優先目標を確保するために他の人質たちに囮となってもらったのです。別に構わないでしょう?国民はテロリストへの断固とした態度を望みます。人質もろとも殺しても、ネットじゃ喝采をあげているのです。むしろ今回死んだ人質たちはダンジョン戦争が続くこの国民総力戦の時代において、金の力で徴兵から逃れるブルジョワですよ。市井の人々は内心では喝采を挙げているのです。騒ぐのはお優しいマスコミばかりですが、彼らの綺麗ごとに一般人は耳を貸しません。我々への支持はむしろ上がったと言えます。ジブンの行動はむしろ政府と党のイメージアップにつながった、効果的な一手だったと確信しております」


「御高説はそれまでだ!一介の特殊部隊員に過ぎない貴様が政治効果まで考えるのは甚だしい越権行為だ!分を弁えろ!」


「ジブンは社会の秩序を守るために国家が創った人民を導くエリートなのです。国の事を考えて大局的観点から日々任務をこなすことは越権行為などではありません。むしろ義務です。そうジブンに与えられた義務なのです」


 どこかうっとりとした声色で語るルサーウカに対してとうとう長官は立ち上がって怒鳴りだした。


「黙っていろ小娘!もう我慢ならん!何か弁明があれば聞いてやれたが、骨の髄まで腐り切った鼻持ちならないエリート思考!断じて許さるものではない!ヴォジャノーイ設計局もこんなくだらないものを創ってしまうなんてな!何がステータスシステムに頼らないデザイナーズベイビーだ!!異能こそ優れていても、こんなもの使い物になるものか!!ルサーウカ・ルキーニシュナ・ルシーノヴァ中尉!本日付けを持ってアルファ部隊を解任とする!」


「なっ!待ってください!自分はアルファ部隊最高の成績を常に出しているんです!その判断は間違っています!撤回してください!」


「うるさい!さらに一等兵に降格!」


「兵卒!?そんな!降格するにしたってなぜ兵卒なのですか?!自分は士官です!エリートなんです!!」


「そしてKGBより赤軍に戻ってもらう!そこから日本国連軍に出向し現地の士官学校に通い、KGBと協力し現地に現れたSランクの異能者を探し出せ!」


「学校!?いまさら!?ジブンに今更学ぶべきことなどありません!それにスパイの真似事?!ジブンは戦士です!戦うために生まれてきたんです!スパイなんてジブンに相応しい仕事じゃない!!」


 ルサーウカは涙目で喚いていた。自身の存在意義を否定する新しい任務に対して激しく抵抗を示す。


「いちいち口答えをするな!言っておくがこれがラストチャンスだ!」


「ラストチャンス…?」


「ああ、お前が助け出したご息女は友人を殺されて嘆き悲しみ、そして怒った。だからお前への極刑の適用を父親に望んだ。だが政府は大金を投じて作ったお前を処分するのを惜しがっている。もっとも私としてはお前は今すぐに処刑してしまうべきだと思うがね。官僚主義に救われたな。一応国家プロジェクトで作られたお前を処分すると面子が傷つく政治家と役人どもがいる。お前をロシアから追放して国外任務に放り込むことで政治的解決を図ったわけだ。だがね。日本でお前がミスをすれば話は別だ。お前を処分する大義名分が立つ」


「ジブンを処分…。…っ…ああ…いや…処分は…いや…っ!…違う!ジブンは処分される対象じゃない!処分は!処分するなら別の子にしてぇ!!」

 

 頭を抱えてその場に蹲るルサーウカは体を震わせて喚いている。その憐れな姿を長官と官僚たちは冷たい目で見下ろしていた。


「せいぜい追放先で国家への忠誠とやらを示してみろ。役立たずでないことを証明しろ。お前は役に立つ道具として造られたんだ。だから道具らしくちゃんと振る舞え。いいな?」


 ルサーウカは涙を浮かべながら必死に頷き続けた。そして彼女は日本へと旅立った。自身の存在価値を証明するために。


 

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