第5話 譲れない誇り


「危ない!」


 俺はとっさのことで反射的に体が動いてしい、ラーウィルを地面に押し倒し庇う様に彼女の上に覆いかぶさる。


「おい!テメェ何すんだよ!」


 ラーウィルは俺の突然の行動に面食らっていた。ナイフで刺すことを忘れて、俺の胸を押して、必死に離れようとしていた。だが突然周囲に銃声が鳴り響き始めて、俺を押しのける手を止めた。

 

「銃声?え?なんでまだ刺してないのにdeadマークが出てんだよ?オレは何もしてないのに…」


 俺の頭の上にdeadのARマークが出てきて、ラーウィルは酷く驚いた顔をしていた。俺はそのままラーウィルから体を離して死んだふりをする。


「おい!おい!しっかりしろ!なんで敵のオレ庇った!おい!おい!」


「いや。その。俺は今死んでる設定なんで。返事はちょっと」


「死ぬな!いいから声を出せ!返事をしろ!頼む!死ぬなよ!死なないでくれ!!」


 なんかラーウィルはテンパっているように見えた。こういう時声をだしていいものなのか少し悩んだが、近くから冷たい印象のする女の声が響いてきた。


「お前はバカなのかシールズ。そいつは敵チームだぞ。それとも戦友に優しいアメリカ軍は敵にもその気持ちをむけるほど甘ちゃんなのか?」


 ライフルを構えたルシーノヴァがこちらへとやってきた。どうやらルシーノヴァも近くに潜伏していたようだ。彼女は死んだふりしている俺をひどく冷たい目で見下ろしている。


「今撃ったのはお前かアルファ!?」


「そうだ。敵の排除のチャンスだったからな。当然撃つに決まってる」


「てめぇザケンなよ!オレとこいつが戦ってるのが見えなかったのか?!味方ごと敵を撃つとか何考えてるんだ!?」


 ラーウィルはルシーノヴァの胸倉を掴んで怒鳴る。だがルシーノヴァは涼し気な様子を一切崩さない。


「ああ。その男は極めて危険な敵だと判断した。放っておけば我らのチームは負けていただろう。ならば味方一人を囮にしてでも排除した方が確実に仕留められる」


「このクソアマ!味方を何だと思ってる?!」


「兵士とは国家が勝利するためのリソースだ。そしてエリートであるこのジブンがそのリソースを何処で消費するか決めて、国家を勝利に導くのだ。戦争とはそういうものだよ」


 ルシーノヴァは自信満々な笑みを浮かべている。鼻持ちならないエリート特有の表情だ。俺はそれを見て少しイラっと来た。ラーウィルは俺以上に怒ったらしく激しく吠える。


「ばかやろう!兵士は健気に国や市民に尽くしてるんだぞ!それを道具みたいに扱う?!気に入らねぇ!なによりこんな勝利を恥ずかしげもなく誇れるお前が何よりムカつく!!」


「勝利はどんな形であっても誇りになる。むしろ負けることの方が恥だろう」


「勝ち方にだって良し悪しはあんだよ!こいつを見ろ!」


 ラーウェルは倒れている俺を指さす。


「こいつは敵のオレ庇って死んだ!立派な兵士だ!これこそ誇り高い男の姿だ!お前はこれを見て何も感じないのか!!?」


「負け犬が一匹倒れているだけだろう?むしろその屍を晒す恥ずかしい姿に鼻が曲がりそうだよ。はっ!」

 

 ルシーノヴァは死んだふりをしている俺を侮蔑的に鼻で嗤った。


「やっぱりてめぇは気に入らね。アフガンでぶっ殺しておくべきだった!」


「ほう!同意見だな!ジブンもお前を殺しておくべきだったと後悔してるんだ!」


 2人は互いに恐ろしい形相で睨み合う。そして2人の周囲に魔力や気などの異能力のエネルギーが漏れ始める。その力の気配で分かった。2人とも恐ろしいほどの実力者だ。おそらく準戦略級の異能力を天然で保有しているのは間違いない。


「「はああああああああああああああああ!!」」


 周囲に風が荒びはじめ、光が歪んで陽炎が現れる。さすがの異常事態に俺と千晶は死んだふりをやめて立ち上がり、二人に制止を呼び掛ける。


「お前らやめろ!異能力の使用はレギュレーション違反だ!」


「頼むからやめてくれ!ラーウィル!撃たれたことを俺は気にしてない!ルシーノヴァ!演習に私情に持ち込むな!!」


 だけど二人に俺たちの声は届かない。そして二人は異能力で強化した拳を振り上げて、互いめがけて突きを放った。


「本当に馬鹿なんですね、小娘共。だからあなたたちは追放されるのですよ」

 

 突然二人の間にラエーニャが現れた。相変わらず神出鬼没な女だ。ラエーニャの両手はラーウェルとルシーノヴァの手首を掴んで受け止めていた。かなりの威力が乗っていたはずなのにラエーニャは余裕そうだ。


「なに?!どっかから出てきたんだ?!うわっ!!」


「ジブンの突きを片手で止めた?!そんな!?ぐわっ!!」


 ラエーニャは合気のような技を使って2人の手を引っ張って、彼女たちの体を地面に叩きつけた。2人とも衝撃を受けて微動だにしない。


「まったく。実力があってもこれでは兵士としては失格ですね。シールズもアルファ部隊もあなた方を放逐するのはごくごく自然なことのように思えますね」


 ラーウェルもルシーノヴァも悔し気にラエーニャから目を背けた。どうやら二人とも何か事情がありそうだ。


「異能力の使用により両名は演習失格とし、罰を与えます」


 士官学校は一般の学校と違って規則破りに大変厳しい。懲罰を生徒に与えることは日常茶飯事だ。


「両名には懲罰として、『バニービキニブルマウォーク』を命じます!」


 ラエーニャの口から生徒たちがもっとも恐れる罰が出てきた。俺は二人を憐れんでしまった。千晶はニヤニヤと楽しげに笑っている。罰を命じられた二人は起き上がってきて、キョトンとした顔をしている。


「「バニービキニブルマウォーク?」」


 息ぴったりに首を傾げる様は可愛らしい。だけどラエーニャは冷たい声で続ける。


「私の口から内容を語るつもりはありません。すぐに校舎に行って職員室にいる風紀委員の顧問教諭に罰を命じられたと伝えなさい。あとは向こうが手配してくれます。すぐに駆け足!」


「「サー!イエス・サー!」」


 ラーウィルとルシーノヴァは駆け足で校舎に向かって走っていった。


「新さん、月見里候補生。お二人は引き続き進軍してください。あの二人は失格なので今の死亡判定はなかったことにします」


「そうか。じゃあそうさせてもらいますね」


「ええ、頑張ってください」


 ふっと柔らかな笑みを浮かべてラエーニャはその場から姿を消した。


「あれってワープのスキルか?それとも高速移動かな?オリヴェイラ准将はそこが知れないから怖いな」


 千晶は警戒感と不快感に満ちた表情を浮かべている。


「そうだね。いったい何者なのやら…。俺も知りたいよまったく」


 溜息を一つ吐いて、俺たちは進軍を再会した。その後俺たちは敵チームの主力部隊の背後を突いて撹乱。味方チームの総攻撃の支援に成功。俺たちはこの演習に勝利したのだった。




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