第6話 懲罰の意味

 午前の演習が終わり学生服に着替えた俺と祢々は学食のある学生ホールにやってきていた。するとホールの前の広場に人だかりができているのが見えた。男子たちは口笛を吹いたり雄たけびを上げて囃し立てている。女子たちはクスクスと笑っていた。


「貴様ら!もっと尻を可愛く振れんのか!それで男の×××をイキリ勃たせられると思ってるのか?!そんな色気のない尻ならじじぃだって目を背けるに決まってる!もっとケツを振れぇええええ!!このクソビッチ共ぉおおおおお!!」


 人だかりの向こうにリリハ先輩がいるのが見えた。先輩は迷彩柄のビキニタイプの水着にコンバットブーツ。左肩には"軍曹"を示す階級章がペイントされており、頭に鬼の角がついたヘアバンドを被っていた。


「あー鬼軍曹ギャルがいる…。バニービキニブルマウォークやってるのかぁ…転校一日目でこれは可哀そうだなぁ。あれ本当にきついんだよねぇ…二度と規則破りしたくなくなるレベル…あはは…」


 祢々は遠い目でそう語っている。バニービキニブルマウォーク。それは国連軍士官学校の闇の伝統行事。女子生徒限定の懲罰メニュー。俺は過去に一度祢々がこれを受けているところを見ている。あれは美作と派手に喧嘩をした時の懲罰だったそうだ。


「このビッチ共!もっと口を半開きにしろぉ!だらしなく舌を出して息を荒げろぉ!そんなんで男の×××の××を××して××××!!」


 俺たちは人だかりを掻き分けてリリハ先輩の近くに来た。彼女はとても嗜虐的な笑みを浮かべながらもはや放送禁止レベルの下ネタを楽しそうに垂れ流していた。


「もっとだ!もっとだビッチ共!頬を緩めて目を濡らせ!!男のアレを咥えこみたくて仕方がない雌になりきれぇ!ビッチ‼このびっちぃぃぃぃいぃいいいいいいいいいひゃぁっはああああああああああああああ!!!!」


「「アイアイマム!あへぇ!あへぇぇえええええ!」」


 そこにいたのはラーウィルとルシーノヴァの東西冷戦コンビの二人だ。頬を上気させてぎこちないアヘ顔を頑張って作っていた。


「なんてむごい!女の子にこんな顔させるなんて…戦争は残酷だね…ぷっひっ…ウケる…」


 祢々は二人の顔をみて腹を抑えて笑い出す。それほどまでに冷戦コンビのやっていることは滑稽だった。2人ともまず恰好からしておかしい。まず足元はピンヒール。そして濃い目のパンストをガーターベルトで止めている。そしてここらが酷い。スカートやズボンではなくブルマを穿いている。ブルマにパンストってすごくニッチ。しかもガーターなので絶対領域付きである。どんだけ贅沢な下半身なんだろうって感じ。そして上半身はすごくギリギリなビキニブラ。しかも肌の色に合わせているためなんか遠目だとトップレスに見えなくもない。すごく恥ずかしい。2人ともクビレがくっきりと綺麗にあるし胸のボリュームもあるのでさらに厭らしさが加速している。そして頭にはバニーのヘアバンドと軍の制帽。ちょっと意味がわかんない。肩にはひらがなで"さんとうへい"と書いてあった。三等兵って階級は多分どこの国にもないんじゃないかなって。バカにされていることだけはわかる。そしてその恰好で二人は銃を肩に担いで行進させられていたのだ。この懲罰ではお尻をとにかく左右にいやらしく振ることを求められる。


「いいぞ!ラーウィル!お前の尻こそジャスティスだ!」「流石だぜルシーノヴァ!永久凍土も融けちまいそうにTOOHOTな尻だぜ!!」


 この懲罰の地獄は男子生徒たちの煽りだと思う。昨今の軍隊じゃセクハラに厳しい。だけどこの懲罰ではむしろ推奨される。触るのは無しだが、卑猥な言葉を投げたり、心ゆくまでじろじろ見たりするのは有りなのである。


「ビッチ共!どうだ!?男を歓ばせられて嬉しいか!雌の本能が疼くかぁ?!あん?!だがまだまだだ!まだまだなんだよビッチ共!!全体ィ止まれ!休め!はい!おっぱいを両手で抱えろ!谷間をむぎゅッと作って男を迎撃しろぅ!」


 リリハ先輩は見本なのか、両手で自分のおっぱいをしたから抱えて寄せて谷間を作って見せた。


「おっぱい・ばんざい♡」


 その時まわりの男たちにセクシーにウィンクを決める。


『『『『『うおおおおおおおおおお!リ・リ・ハ!リ・リ・ハ!リ・リ・ハ!』』』』』


男子生徒の興奮がうなりを上げる。冷戦コンビはリリハ先輩のおっぱいポーズと男たちのテンションを前にしてドン引きしている。だがやるしかない。


「軍隊の命令は~♡」


『『『『ぜったい★』』』』


 なんか合コンみたいなノリでリリハ先輩たちが冷戦コンビを煽る。


「はい!おっぱい!おっぱい!」


 リリハ先輩は手拍子を始める。男たちもそれに続いて手を叩く。


『『『『おっぱい!おっぱい!おっぱい!』』』』


 そしてそのプレッシャーに耐えきれなくなったのか。冷戦コンビは覚悟を決めたような修羅の顔になり、おっぱいを寄せて谷間を作りウィンクを作った。


「ふーーーーーーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーーーーーーー!おっぱいばんざい♡」


「うらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!おっぱいばんざい♡」


『『『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!おっぱい万歳!万歳!万歳!』』』』』』


 男たちは感涙の涙を流しながら万歳三唱を繰り返す。それは同級生が出征する壮行会のような荘厳な空気さえ感じさせる感動の嵐。


「おめでとう!おめでとう!これであなたたちの罪は払われた!これにてバニーブルマビキニウォークを完了する!皆の者!解散!」


 リリハ先輩はオーディエンスに向かって敬礼をビッシと決めた。男たちもまたビッシと敬礼を返した。そしてみんな各々楽し気な様子で散っていた。


「いや二人ともよかったよ!その羞恥に満ちた顔!いやぁうぶぃねぇ!二人ともヴァージンっしょwwwウケるー☆なんならウチの元カレ貸してあげようか?痛くない最高のロスバさせてあげるぅ!プゲラwww」


 羞恥に震えて打ちのめされている冷戦コンビにリリハ先輩は容赦がなかった。


「ていうか聞いたよ。2人のやらかしたこと。許可のない異能力使用によるレギュレーション違反。ふざけんなよ。下手すりゃ死人が出てんだよ。お前らは自分たちが力を持った存在だって自覚がないんだね。感情まかせにしてコントロールできない。自分の事ばかり考えて周りとの和を持とうとしない。エゴイストめ。兵士は公への奉仕者。国家のため、市民のため、社会のため、世界のため。そして何よりも共に戦う者たちのために命を捧げる。お前たちは暴力には優れているが、兵士ではない。ただの野蛮人だ。節制を知らず、堪えることも知らず、耐えることも知らず、忍ぶことも知らない」


 リリハ先輩は静かに怒って冷戦コンビを睨む。2人は歯を食いしばって気まずげに地面にうつむいている。リリハ先輩の説教は彼女たちの耳に痛いのだろう。


「はっきり言ってウチはお前たちの事が気に入らない。お前たちはここに学びに来てるわけじゃないんでしょ?不本意とはいえでも何か任務を帯びてここに来た。それはまあいい。国家って言うのは時に理不尽極まりない命令を発するもんだしそれに従わざるを得ないのがウチら軍人って生き物だもん。だけどね。ここに大多数の生徒は故郷を、家族を、国を守るために学んでるんだよ。今人類はダンジョンと生存をかけた戦争をしてるんだ。遊びじゃねんだよ。あんたたちが暴れれば皆の学びの時間が減る。そうすれば彼らはその分生き延びるために必要な知識や技能を身に着ける時間が減る。お前たちがやっていることは彼らの命を脅かす卑劣なる行為だ。次にこんなくだらないことをやったらウチがお前たちを直接懲罰する。覚悟しておけ」


 普段はバカ丸出しだしアホだしエキセントリックだし意味不明で愉快な女。だけどリリハ先輩は本物の兵士だ。公のために戦う誇り高き戦士。責任を引き受けた大人の女。素敵な女だ。だから俺はこの人を尊敬してる。


「はい☆じゃあ今度こそ解散!またねー♡」


 リリハ先輩はふざけた感じの敬礼をして、冷戦コンビの前から去っていった。





 そして冷戦コンビの二人はとぼとぼと俺たちの横を通りかかった。


「あっ…お前はあの時の」


 ラーウィルが俺に気がついた。そして胸を隠すように両手を組んだ。なんか可哀そうだなって思った。俺はブレザーを脱いで、彼女の肩にかけてやった。


「…お前…」


「あとで返してね」


「…ああ。ありがとう」


 頬を赤く染めながらラーウィルはお礼を言った。


「お前。名前は?」


丁嵐あたらしあらた。アラタでいいよ」


「そうか。オレの事も名前で呼んでくれ。またな」


 微かな笑みを浮かべながらラーウィルは去っていった。


「ちっ。貴様のせいだぞ!こんなくだらない騒ぎはな!御蔭で恥を掻いた!」


 ルシーノヴァは俺の事を睨んでいる。まあ二人の喧嘩のきっかけは俺を撃破したではあった。


「逆恨みはやめて欲しいね。お前の判断はどう考えても間違ってたよ。レギュレーション違反をしてなくても絶対に懲罰喰らってたはずだ。まともじゃねぇよ仲間ごと敵を撃つなんてありえない」


「ふん!ジブンはもっとも効率のいい判断を下しただけだ!現にお前は死亡判定を喰らっている!あのまま言えば演習はこちらが勝っていたはずだ」


「たとえ勝っても仲間がそばにいなきゃそれは敗北も同じだよ」


「くだらん!仲間だと!?そんなものは無能ものが少しでも有利になるために徒党を組むための言い訳だ!真の強者であり!選ばれたエリートであるこのジブンにはそんなものは要らないのだ!!」


 なんか拗らせてるような気配をルシーノヴァから感じる。彼女の怒った顔にはどこか影の色が見える。まあ深入りすることはないだろう。この子はここに監視任務の為に送られてきているのだ。いずれは敵対するのだから。そしてルシーノヴァは俺たちの前から去ろうとした。


「待って!」


 歩き去ろうとするルシーノヴァの背中に祢々が声をかけて近づく。祢々はブレザーを脱いで彼女の背中にかけた。


「なんだこれは?施しのつもりか?」


「そんなんじゃないよ。ただ寒そうだからね。あなたはとても綺麗な女の子だから。その肌をそこら辺の人に見せるのは勿体ないよ。あたしはそう思う」


 祢々は優しい笑みを浮かべてそう言った。ルシーノヴァはしばらく祢々のことを見詰めていたが、言葉の意味を理解したのか頬を微かに染めて。


「ふん。借りていく…」


 どこか恥ずかし気にそう言ってルシーノヴァは足早に俺たちの前から去っていった。


「祢々ちゃんやさしいじゃん」


「そんなことないよ。アラタがブレザー着てないからあたしもお揃いにしただけだよ。ふふふ。てかねねちゃんはやめて!なんか子供っぽいからいや!あはは!」


 俺たちは笑い合う。そしてお腹が減っていたのを思い出して学食の中に入った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る