第7話 目力強いかわいいあの子

 

 学食の中は多くの生徒たちで賑わっていた。士官学校では基本メニューはすべて無料で食べられる。追加注文のみ有料。軍隊って言うのは衣食住が保障されるからいい。俺と祢々は本日のおすすめランチを選んで適当な席に座った。


「やっぱりサッカーとか上手なの?」


「サッカーは男の子がやるものだからね。わたしは別に」


「踊るの好きなんでしょ?サンバとか!」


「サンバ苦手なんだよね。ほら。派手な格好ってちょっと恥ずかしいよね」


 近くの席から話し声が聞こえてきた。祢々が興味を持ったのかそっちの方に視線を向けて、目を丸くして一言零した。


「うわ。あの子見てよアラタ。すごい美人…」


 祢々が見ている方に俺も目を向ける。そこにいたのは一年生たちだった。金髪緑眼の少女を囲むようにして話していた。その少女は驚くほど美しかった。くっきりとした掘り深い顔立ちに印象的な強い眼差しを持っていた。肌の色は日本人に比べると色白だったが白人ほど白くはない。顔立ちの特徴からは人種がよくわからない。色々な人種の特徴を受け継いでいるように思われる。そんな不思議な印象を受けた。

 

「彼氏とかいないの?」


「別に。わたしあんまりモテないから」


 金髪の少女はテンションが低い。なんていうか顔立ちに反してすごく控えめだった。


「いや。そんなことないっしょ!ルーレイロさん、眼鏡外して髪型変えたらまじやばいって!」


 たしかにそうだろう。金髪の少女は輝くような金髪を地味な二つ結びにしている。その上前髪が長くて顔を隠しがちだった。今も右目に前髪が半分かかっている。派手な顔立ちであることはわかるのに、なぜか『クラスにいる地味だけど眼鏡をとったら本当は可愛い女の子』みたいな陰キャ男子が好きそうな気安いオーラがある。ほんとうに不思議な雰囲気を持った子だ。


「ねぇねぇアラタ。あの子がブラジルから来た転校生なんじゃないかな?サンバとかサッカーとか言ってたし」


「みたいだね」


「あの子まじですごく美人。めちゃめちゃかわいい。ねぇ。ねぇアラタ。あの子も特殊部隊員なのかな?」


 祢々はあのルーレイロという少女が気に入ったらしい。


「うーん。どうかな?ブラジルは南米の地域大国だけどアメリカやロシアみたいな軍事大国ではないんだよね。有名な特殊部隊とかがあるって話は聞いたことがないな」


 ブラジルはラテンアメリカでは唯一レイエス軍閥に飲み込まれていない国家だ。このダンジョン戦争の中で国力を維持できている数少ない国の一つなのだ。実力はあるはずだが、軍事面では地味の一言である。


「ルーレイロさんはブラジル陸軍にいたんでしょ?ここに来る前はで何してたの?ダンジョン攻略部隊?」


「え?わたし陸軍にはいなかったよ。ヒウの軍警察で働いてたの」


 軍警察。聞きなじみのない単語だ。ルーレイロの周りも不思議に思っているようだ。


「軍警察?なにそれ?憲兵のこと?」


「軍隊の憲兵じゃないよ。ああ。なんか翻訳がうまく通ってないのかな?軍警察は普通にそこら辺にいるよ。多分日本の警察とやってること変わらないんじゃないかな?」


 ルーレイロはちょっと悩んでからそう答えた。


「へぇなるほど。ヒウって何?街の名前?」


「ヒウは…。ああ、そっか外国人ってリオって呼ぶんだっけ。なんか変な感じだね。リオ・ジ…リオ・デ・ジャネイロのこと」


「あ!それならわかる!サンバの街だ!あとなんか大きなキリスト像!」


 そして一年生たちはリオの街の話で盛り上がりはじめた。ルーレイロはマイペースにご飯を食べながら適当に質問に答えたり、相槌を打ったりしていた。


「じゃあルーレイロさんはお巡りさんみたいな感じだったんだね」


「うーん。まあそんなところかな。ボッピって部隊にいてリオを悪い奴から守ってたよ」


 ボッピ?調べてみよう。スマホでボッピを検索する。画面には『特殊警察作戦大隊』というなかなかに物騒な名前が表示されていた。リオ・デ・ジャネイロ州軍警察が保有する特殊部隊のようだ。おそらくはSWATみたいな存在だろう。つまりブラジルはブラジルでなかなかに刺激的な人材を送り込んできたということだ。


「ボッピ?なんかかわいい名前だね。でも警察から日本の国連軍に留学って変わってるね」


「うん。そうだね。でも仕方ないよ。国の命令だから。だけど学校に通うの小学校以来だから結構楽しいんだ。わたしファベーラ出身でお家にお金がなくて小学校中退だったんだ。働きながら自習はしてたけど。やっぱり教室で授業うけるのっていいね。すごく楽しいの」


 ルーレイロは控えめだけど楽しそうな笑顔を浮かべた。周りの一年生たちは男女問わずルーレイロにきゅんと魅了されているようだった。


「かわいいよぅ。アラタ。あの子すごくかわいいね。きっと苦労してたんだよね。わかるよぅ。がっこうにちゃんと通えて勉強できるのって楽しいよね。ううっ」


 祢々ちゃんがなんか感情移入しまくってほろりとしていた。2人とも境遇は似ているのかも知れない。だけどこの転校生も俺を探す密命を帯びている工作員の類のはずだ。警戒しなければならない。


「…?あれ…?」


 おそらく偶然ではない。俺がルーレイロを強く警戒したからだろう。彼女ははっきりと俺の方に視線を向けていた。俺が少し漏らした感情を彼女は嗅ぎ取ったのだ。そして彼女と目が合った。その時、ほんの一瞬の事だったが俺は確かに見たのだ。彼女の前髪に隠れがちな右目が虹色に輝いたことを。


【警告!!ステータスシステムへの許可のない干渉を発見。陛下のステータス情報への不正アクセス確認。緊急遮断】


 俺の頭の中にステータスシステムのAIからの警告が響いてきた。誰かが俺のステータスを覗き見している。いいや誰かではない。間違いなくルーレイロだ。彼女の右目は前髪に隠れていて、俺からは見えない。だけど間違いなくあの目が今俺のステータスに不正に干渉をかけているのは間違いない。


【情報防壁展開。侵入者へ欺瞞情報を伝達。干渉の停止を確認。システムチェック…オールクリア。流出した重要情報はありません】


 AIのチェックによれば情報は抜き取られずに済んだようだ。ルーレイロにはわざと欺瞞情報を抜き取らせた。その情報は俺がごくごく一般的なステータスしか持っていない人間に見えているはずだ。だけどルーレイロは名伏しがたい顔で首を傾げて俺を見ていた。そして唇を微かに歪めた。それは喜悦のように見えた。まるでハンターが獲物の足跡を見つけた時のような獰猛な笑み。残念ながらこの追跡を振り切るのは容易ではないだろう。対策を早急にとる必要がある。俺は状況がここから急速に動く予感を感じていた。


 

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