第8話 美少女たちをスカウトします!
放課後、零組の教室で俺は祢々に勉強を教えていた。祢々は頑張り屋さんなのでもうすぐ中学レベルの勉強を修了できるんじゃないだろうかというところまで来ていた。
「ところでアラタ。なんかすごく誰かに見られてる気がするんだけど。気のせいかな?」
祢々は勉強しながらもどこか落ち着きなくしていた。
「いや気のせいじゃないよ。俺たちめっちゃ見られてるからね。ルーレイロさんにね」
俺は教室の窓から下を見下ろした。零組のプレハブ棟前の自販機横のベンチに金髪の少女、ブラジルから来たルーレイロがアンパンを咥えながらこっちを見ている。何あれ監視のつもりなの?俺の視線に気が付いたルーレイロはわざとらしくベンチから立って自販機の前で悩む人の演技を始める。
「あれー?どれにしようかな?うーん?あれー?…あれ?日本ってガラナジュース無いの?…嘘でしょ…もうやだ帰りたい…帰ろ…」
何やら突然落ち込み始めて、肩を落としながらルーレイロはプレハブ棟前から去っていった。
「あんなアホ演技で監視をごまかしているつもりなのか?あいつほんとに警官なの?」
ラーウィルもルシーノヴァもアホだが、ルーレイロも別ベクトルにアホっぽい。だけど彼女は間違いなく俺がターゲットだってもう気が付いてる。手は打たないといけない。
「なあラエーニャ。例の特殊部隊の件なんだけど、人材のリストアップを急いでくれないか。転校生のルーレイロにもう俺の正体を勘づかれ始めてる。急いで部隊を編成して、すぐにでも手ごろなダンジョンで成果を上げて政治的優位を確保して捜査の眼を振り切りたい」
教卓に座ってPCで仕事をしているラエーニャに向かって俺はそう命じた。
「そうですね。確かに転校生がここまで早く嗅ぎつけてくるとは誤算でした。急いだほうがよいでしょう。そこで提案なのですが」
ラエーニャが自信ありげな笑みを浮かべている。正直こういう顔を浮かべている時のラエーニャはロクなことを言わないイメージしかない。だがこの女の献策は優れているのも事実だ。俺は身構えながら続きを促してみる。
「どうぞ」
「いっそのこと一石で二鳥、三鳥と狙っていくべきだと思うのです。どうでしょうか。転校生たちを陛下の特殊部隊のメンバーにするというのは?彼女たちは世界最高峰の軍事技能の持ち主ですよ。まさしく即戦力」
「はぁ?何言ってんだよ。彼女たちのターゲットは俺だぞ。一緒に行動してバレたらどうすんだよ」
「だからこそですよ。陛下の正体を隠しながら彼女たちと同じ部隊でダンジョンを攻略してしまうのです。ダンジョンを攻略してしまえば、正体がバレた後でも彼女たちは陛下の事を庇わざるを得なくなります。ターゲットの正体に気が付かずあげく一緒にダンジョンを攻略しただなんて本国に報告できるわけもありません。既成事実という奴です」
「なるほど…気は進まないが俺のメリットはわかった。だけど彼女たちのメリットは?利用するだけしてポイするのは気が引ける」
「ダンジョンのサブコアを攻略した冒険者は世界最高峰の名誉を得ます。すでに調べはついているんですが、あの子たちは本国の所属部隊から事実上の追放処分を喰らっているのです。日本に送られてきたのは体のいい厄介払いも兼ねているのです。ダンジョン攻略という名誉を得れば、彼女たちは大手を振って本国に堂々と帰って元の職務に復帰できます。それどころかキャリアアップも狙える。まさしくwin-winです」
「追放処分?何をしたの?」
あの子たちは見た感じ職務に対して実直だし誠実な感じを受ける。何かをやらかすような子には見えないのだが。
「ルシーノヴァ候補生は国家機関であるボジャノーイ設計局が創ったデザイナーズベイビーのエリート兵士です。ですが先日の任務でテロリストを抹殺するときに人質を囮としてもろともに惨殺しました。そのことについて一部政治家たちの反感を買って将校から兵卒に降格。そしてここに送られました。いまでも本国では彼女を処刑せよという声があります。なお本人は自身の判断については間違いは一点もなかったと反省しておりません」
「それは自業自得だな。やっぱりあいつはまともじゃないな」
午前の演習で味方のラーウィルごと俺を撃ったことを考えるとそんなことをしててもおかしくはないだろう。鼻持ちならないエリート思考。同時にそれに病的に固執しているような影も感じた。
「ラーウィル候補生は勤務態度にはやや問題が。作戦参謀や特殊作戦コマンドの司令官の将校たちに対してよく食って掛かっていたそうです。さらにはテロリスト憎しで任務時によく交戦規定を無視することが多かったと。ただ現場の兵士たちから、このことについては擁護の声が多いです。ラーウィルは友軍がピンチの時はどんなに困難であっても、さらには作戦本部が停止命令を出してもそれを無視して必ず助けに行っていたとのことです。ですが所属していたチャーリー小隊からは疎まれてシールズ隊員資格そのものを剥奪されてしまったそうです」
「それは変だな?あの子は演習の時に俺のことをルシーノヴァの嘲りから庇おうとしていた。立派な子だと思う。同じ部隊から嫌われるような女じゃないよ」
「ラーウィルは最近戦死した同じ部隊のメンバーの葬式に出席しなかったそうです。それが同じ部隊メンバーたちの反感を買ったようですね」
「…それは反感を買っても仕方がない。俺だってそんなやつは部隊から追い出すに決まってる。でもそんな子には見えないんだけどなぁ…」
ラーウィルは間違いなく味方思いの友情に熱い兵士に思える。喧嘩っ早くて軽率なところはありそうだが根は間違いなく誠実だろう。死んだ奴と確執か何かがあったのだろうか?
「そしてルーレイロ候補生。彼女は先日リオ・デ・ジャネイロのスラム街で行われた、軍警察特殊部隊ボッピによる犯罪組織の掃討作戦中に同じボッピの隊員を三名惨殺しました。死体はそれはそれはむごいものだったとのことです」
「ええ…何それ…?やばくないか?どんな事情が?」
どう考えてもルーレイロを仲間にするのは危険な気がする。仲間を手にかけるようなやつはリスクファクターとしてはでかすぎる。
「ブラジルにはミリシアという退職した元警官や非番の警官等による犯罪組織があるそうです。なんでもこのミリシアは警察ともつながっており、ギャングやドラックディーラーから上がりを徴収したり、スラム街の住人を暴力で脅して自分たちの味方になる議員に票田を提供したりしていて大きな勢力を誇っているそうです。ルーレイロ候補生が殺したボッピの隊員はそのミリシアのメンバーだったと」
「腐敗警官を一方的に処刑したということか。それはなかなか困った奴だなぁ…」
「ミリシアの報復と同じボッピ隊員メンバーの反感から彼女を守る為なのでしょうね。ルーレイロ候補生は上司でもある従兄のヴィニシウス・ノゲイラ大尉のコネで諜報任務に編入となり日本に派遣されてきたのです」
「どいつもこいつも俺の手には余りそうだな」
溜息しか出ない。いくら優秀でも癖が強すぎる面子だ。制御できる自信がない。
「そんなことありません!陛下!陛下の徳ならばこのわがまま娘たちも必ずや従順な騎士にすることができましょう!これは奇貨ですか陛下!あの娘たちは運命によってここに導かれてきたのです!陛下にお仕えするためにここにやってきた!私はそう信じております!」
「それはただの妄想だと思うぞラエーニャ」
「ですが陛下。あの娘たちはどちらにせよ本国には居場所がありません。どうでしょう?考え方を変えてみては?むしろあの子たちは保護を必要としている憐れな娘たちです。居場所がなく国に命じられるままに大義もなく戦わされている可哀そうな女です。おそらくこのまま行けば彼女たちは遠からず権力の暴虐によって惨たらしい死を迎えるでしょう。違いますか?陛下の保護下においてやるのですよ。彼女たちは陛下の徳を慕う亡命者なのです」
「むっ。それは…」
俺はラエーニャの問いかけに言葉を詰まらせてしまう。ルシーノヴァとルーレイロは本国に帰っても遠からず死ぬ可能性が高い。ラーウィルも恨みを持っている誰かによって危険極まりない任務に放り込まれて戦死に追い込まれかねない。だからと言って俺の特殊部隊のメンバーにするのはどうなんだという迷いもあった。どちらにせよ騙すことには変わりないのだから。
「ねぇ。ねぇアラタ」
悩む俺のシャツの袖を祢々が引っ張る。彼女は柔らかく微笑んでいた。
「あのね。あの子たち悪い子じゃないと思うの。ラーウィルさんもルシーノヴァさんもちゃんとお礼が言えるし、ルーレイロさんは学校で勉強するのが楽しいって思ってるもの。いい子だよきっと。アラタが後ろめたいのはわかるよ。あの子たちの任務はアラタを探し出すことだしね。あたしはアラタが後ろめたいこと知ってる。あの子たち相手に悪いことしてるって思ってるって知ってる。だからね。あの子たちをアラタの部隊に入れようよ。あの子たちを守ってあげて。それができるのはアラタだけだよ」
祢々は俺の背中を押してくれようとしていた。ここまでされたなら腹をくくる他ない。
「わかった。あの子たちを俺たちの仲間にする。ラエーニャ。あの子たちをメンバーにすることを前提とした上で、手ごろな攻略対象ダンジョンをリストアップしておいてくれ。夏休みに入る前に何処かのダンジョンのサブコアを攻略する!!」
「畏まりました陛下!!このプライムににスターラエーニャにお任せください!!」
ラエーニャは胸に手を置いて俺に向かって頭を下げた。その顔は歓喜に包まれている。
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