第9話 ワルイ男の子
転校生たちを俺の特殊部隊にスカウトすることを決めたことまでは良かった。だが俺は特に成果を上げることができずに土曜日を迎えてしまった。
「いやー。モテる女の子を誘うってこんなに大変だったんだね。男の子の気持ちが少しわかっちゃったよ」
俺の隣に座る祢々は苦笑いを浮かべてダンジョンギルドの広間を行きかう人々を見ていた。俺たちは午前中にダンジョンに潜った後、地上に潜ってきてギルドにてお弁当タイムにしていた。土曜日の午後はどこの冒険者パーティーや士官学校の学生小隊も時間をフルに使ってダンジョンに潜る。ラーウィルとルシーノヴァはそれぞれ別のダンジョン小隊にスカウトされて所属していた。俺は彼女たちに声をかけるのが遅かったのだ。あの二人は美人だし腕は立つ。どこの小隊も基本は男所帯だから大人気。
「厄介だなぁ。どこの小隊も好条件を提示してあの二人をゲットしようとしてる。どうしたもんかなぁ…?」
あの二人は今あちらこちらの小隊を体験入隊という形で点々としている。今のところあの二人が正式に所属しようとしているところはないらしい。ラーウィルは所属した小隊すべてから熱いラブコールを受けている。個人戦闘能力も高い上に他のメンバーのサポートもきっちりこなすことからまさしく戦友として信頼されているようだ。逆にルシーノヴァは所属した小隊から賛否両論の声が上がっているそうだ。優秀な能力を誇り指揮能力も高いことから指揮官としての需要が高い。その反面まったく他者と相容れずその上極めて冷酷な性格故に軋轢が絶えない。同時にその冷たさが一部のM系男子のハートに火をつけているようでもあるが…。
「やっぱり女の子に来てもらうんなら、優しさが一番だと思うんだよね。優しさをアピールしようよ!ウチはアットホームな特殊部隊ですって感じで!」
祢々的にはいいアイディアみたいだけど、俺から言わせれば無しです。アットホームな職場アピールって、給料とか福利厚生がくそな職場の言い訳に聞こえないのだ。
「アットホームな特殊部隊…?…雇用条件があやふやでひどく曖昧。詐欺的な労働採用の広報?…やっぱり悪党…?…カベイラした方がいいのかな…?」
ぼそぼそとした小さい声が背後から聞こえた。振り向くと柱の影から俺の事をじっと見詰めるルーレイロがいた。学校の制服姿であり手帳を持ってしきりにメモを取っている。銀縁のラウンド型眼鏡越しに目が合った瞬間彼女はひゅっと柱の後ろに隠れてしまった。それで監視を誤魔化してるつもりなのかな?最近ルーレイロは昼休みやら放課後やらになると、時たま俺のことを監視しにやってくる。なお、彼女がいうカベイラの意味が恐ろしそうなのでいまだに調べてない。
「ルーレイロさん。お腹空いてない?サンドイッチとおにぎりあるけど食べない?」
祢々は柱の裏側にいるルーレイロに声をかける。するとルーレイロはひょこっと顔を出して祢々の方をじっと見て、俺たちのいるテーブルまでやってきた。
「ありがとうございます。いただきますね。ちょうどお腹減ってたんでうれしいです」
「どうぞどうぞ!いっぱい食べて!これはあたしの自信作なんだ!」
ルーレイロは朗らかに笑ってテーブルに着いた。そして祢々から貰ったサンドイッチをパクリと食べる。
「美味しいですね。毎日でも食べたいくらいです。おにぎりも貰っていいですか?」
祢々は美味しそうに食べるルーレイロに気を良くしている。
「誘う祢々もアレだけど、監視対象から平気で食べ物を貰えるお前の神経がまったく理解できないんだけど?」
のこのこと監視対象のところに出て来れる感性がすごく謎だ。この不思議ちゃんムーブから察するにこの子は絶対にハニトラではないし、間違いなく諜報のプロやスパイでもない。おそらくステータスシステムにさえ干渉を掛けられるその強力な異能を当てにされているだけだろう。例えるならレーダーか何かだ。
「え?他人の好意を蹴る方が酷くないですか?わたしは神様が見ているこの世界で恥ずべき行いをしたくないんです。正しいことをしていたい。他人が自分に優しくしてくれるならそれをきっちりと受け取る。それは正しいことでしょう?違いますか?それともそんなこともわからないってことはセンパイはやっぱり悪党なんですか?やっぱりカベイラですか?」
「天然かよ。ところでなんで俺が悪党かどうか気になるんだ?どうしてだい?」
同じ部隊にいた同僚さえも手にかけるような奴だ。いくら犯罪組織と繋がっていたとしても、同僚を殺せるのは異常と言わざるを得ない。俺はこの子が何を考えているのか知りたかった。
「連邦政府からはあなたにブラジルに協力してくれるように交渉しろって言われてます。レイエス軍閥と揉めてるから戦力が欲しいそうです。どうです?」
「なるほど。そういうことね。残念ながら俺にはやらなきゃいけないことがある。協力はできない」
ルーレイロは馬鹿正直に潜入の目的を話してくれたので、俺も誠意をもって回答を返すことにする。
「ですよねー。まあ普通、超強力な暴力を手に入れた人は自分の為にしか力を使いませんからね。でもそれなら殺して来いって政府は言ってるんですよね。当たり前ですよね。すごく強い力を持った人が何処にも属さずにウロウロしてる。残念ながらブラジルはアメリカとかロシアに比べると権力もお金も足りない国です。あなたの力を手に入れることは難しい。ならせめて他の国に渡さないようにしたい。わかりますよね?」
「それはわかるよ。とてもよくわかる。俺だってそうするかもしれない。それが安全保障って奴だ」
「でもわたしは悪党以外は基本殺しません。この仕事は戦争みたいなもの。敵を殺すのはやむを得ない。その罪の責任は国が負う。でもそれはやっぱり正しいことじゃない。戦争とはいえわたしが悪党以外を殺したらマリア様は悲しみます。でもあなたを殺さないとわたしブラジルに帰れないんですよ。だから調べてます。センパイが悪党なら気兼ねなく殺せますからね」
「あはは。なるほど。君は君なりに筋を通したいってわけね。わかったわかった。なら存分に調べてくれ。俺は悪党じゃないよ。これでも世界の為になることをやろうと思ってるからね!」
この子なりには通したい正義があるわけだ。過激ではあるが理解は出来そうに思えた。
「…へぇ…面白い人ですね…」
ルーレイロが首を少し傾けた。前髪に隠れていた右目が露わになる。眼鏡のレンズ越しに見えるその瞳は虹色に輝いていた。
「綺麗な瞳だね。そんなに情熱的に見詰められると照れちゃうな」
密かに【鑑定】のスキルを発動させて、ルーレイロの瞳術を解析する。
「ええ。綺麗でしょ。マリア様から貰ったんです。この瞳はどんな悪行も暴き、どんな悪逆も破り、どんな悪徳も滅ぼすんです。いつも見てますよわたしはセンパイの事を決して見逃さない」
頭の中に鑑定結果の様々なデータが流れ込んでくる。
【鑑定結果】
【ターゲット:エリザンジェラ・ハファエラ・ノゲイラ・ルーレイロの右目の瞳術】
【名称:不明】
【分類:ステータスシステムに依存しない天然異能。呪術よりの宗教概念と推定】
【能力:『透視』『複製』『遠見』『残留思念読み取り』『解析眼』『限定的■■視』『■■死■』『■概■』#’&!=^”!!】
突然頭の中に展開していた鑑定結果のデータにノイズが走り出す。ルーレイロの瞳術が俺のスキルにキャンセルをかけてきた。
「センパイ。わたし言いましたよ?この瞳は悪行を暴くって」
いつの間にかルーレイロの顔が今にもキスできそうなくらい近くに寄せられていた。とても美しい顔に似つかわしくない狂気の笑みが宿っている。
「うふふ。センパイはやっぱり悪党?いますぐカベイラしてあげる?」
どことなく艶やかさを宿す声で俺に向かって囁いてくる。その色気に心地よささえ感じる。だけど殺気は本物だ。だからちょっとくらいやり返してもいいかな?
「そうだね。実は俺は悪い奴なんだ。だってこんなに近くに君の可愛い唇がある。いますぐ奪ってやりたい」
俺はルーレイロの頬を撫でる。そして少しずつ唇を近づけていく。
「え?ふぁああ!」
ルーレイロは慌てて俺から顔を離した。その頬は赤く染まっていた。そしてプルプルと体を震わせ、唇を尖らせてぼそっと呟いた。
「…違う…こんなの悪党じゃなくてワルい男の子だよぅ…ん…ぁ…でも…」
俺からプイッと顔を逸らして、ルーレイロはしきりに唇を撫でている。
「…センパイが酷い人だってことはわかりました。だからもう少し監視を続けます…ワルい人…こんなの初めて…」
どこか俯き加減でぼそぼそとそう言っているルーレイロは可愛く見えた。
「…お前ら何やってんの?」
その時後ろから聞いたことがある声がした。振り向くとそこに迷彩の戦闘服を着たラーウィルがいた。彼女は俺とルーレイロの事を唖然とした顔で交互に見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます