第4話 奇襲大好き!
座学の後は演習場で戦闘訓練だった。戦闘服に着替えた俺たち第二学年の生徒はARヘッドギアとゴーグルを被り、専用のARモデルガンを装備して2チームに分かれてそれぞれの陣地に集合した。リアルサバゲー演習と俺たち学生は呼んでいるこの演習はARとAIのサポートで実戦と遜色のない被弾判定が可能であ、戦争というものがいかに難易度の高いものなのかを俺たちに教えてくれる。俺と千晶はフラッグを守る守備側のBチーム。祢々はフラッグを奪いに来る攻撃側のAチームになった。俺たちBチームは規程時間フラッグを守りきれれば勝利なのだが、それだけだと戦争には勝てない。教官たちも守備側が攻撃側の数を減らす戦術的工夫を見たがっている。それが士官に必要な決断力や想像力ってものだからだ。
「だからってこんなアクション映画のスパイみたいな役を俺たちに押し付けなくてもよくね?」
背の高い草がぼうぼうに生えている半分沼地になっている湿地帯を俺と千晶は身を屈めながら進んでいた。俺たちは膝まで泥に漬かりながら歩いているのでひどく疲れる。
「仕方ないだろ。異能なしでの隠密行動が得意なのって俺らくらいしかいないんだからさ」
この演習はステータスシステムやその異能大系である『スキル』、さらには魔術や超能力などの天然物の異能も使用が禁止されている。昔ながらの戦争をしないといけないのだ。頼れるのは己が体力と地道な鍛錬の成果だけである。
「俺は情報士官志望なんだけどな。こういう泥臭い戦場はやっぱりきついね。早く任官してデスクとお友達になりたいね」
士官学校に来るものにはそういう奴が多い。成績優秀が極めて優秀なものはここを卒業するとそのまま国連軍大学校大学院の参謀育成課程とかに進み修士号やら博士号を取得して作戦立案とか研究職とかいう名のゆるゆるデスクワークができる。俺もちょっと前まではそれを狙っていた。
「そんなこと言っても、どうせ俺たちペーペーの新人はロートル共にしごきの名目で実戦に放り込まれるのがオチだよ。未だに戦争は終わらないんだからな。ほら千晶!進軍進軍!」
「やれやれだね。若い奴に負担を押し付けるこの世界はまじでカスだな。青年将校らしくクーデターしてやりたいね。おっと、ストップ。アラタ、敵兵を発見。一時の方向見てみ」
千晶が指示する方向を見ると、雑木林がありその中を進む6人の敵チームの兵士が見えた。その中には真剣な顔をしたピンク色の髪のとてもかわいい女子が一人いた。まわりの男たちはチラチラと彼女を見てデレデレと楽しそうに微笑んでいる。まあ気持ちはわかるかな。
「お前の新妻の祢々ちゃん発見だな。どうする?狙撃は可能な距離だけど」
「狙撃する。あのままあいつらが友軍に接触するのはまずい。あいつらのルートはウチの陣地の防衛線の弱い所へのルートだ。遭遇できてラッキーだ。ここで始末する。俺がまず祢々を撃つ。そうすると周りの男子共が怒って無茶な索敵を始めるはずだ。そのまま残りも射殺する」
「女子を撃って怒らせて残りを始末する。えげつねぇ…。まあアラタらしいね」
「祢々には後でちゃんと謝るさ」
俺と千晶はライフルを構えて照準をつける。スコープに祢々の綺麗な顔が映った。十字のターゲットサイトが彼女の額に合わさったタイミングで引き金を引く。
「あれ?deadマーク?あちゃー!ごめんみんな撃たれちゃった!しんだふりー。ばたん」
祢々の頭上にdeadの赤いARマークが表示される。そして祢々はその場に倒れて死んだふりを始めた。
「くそ!祢々姫がやられた!みなのもの!仇討ちじゃ!」
『『『『応!!祢々姫万歳!!』』』』
男たちは方々に銃口を向けて索敵を始める。本来なら狙撃されたらすぐに物陰に隠れるのがセオリーなのだが。でも男としての気持ちはわかるんだよなぁ。利用はするけどね。
「千晶。撃っちゃって」
「ほいよ!」
俺と千晶は立ったままの男子たちを狙撃する。俺が二人、千晶が三人を仕留めた。男子たちは悔し気に顔を歪めてその場で死んだふりを始める。念のために近くに敵がいないことを確認してから湿地帯を出て雑木林に入る。
「あら?あたしたちを撃ったのアラタたちだったんだ。てかすごいね。泥だらけじゃん」
仰向けに倒れて死んだふりしてる祢々が近くを通りかかった俺に話しかける。
「こらこら祢々ちゃんや。死んだ人が喋ったらアカンでしょ」
「うん。まあそうなんだけどね。ああ。悔しいな。異能なしのあたしはこの程度か…」
「大丈夫さ。祢々は頑張り屋さんだからね。ちゃんとそのうち強くなれるさ」
俺はしゃがんで祢々のヘルメットを被った頭をえらいえらいと撫でる。ヘルメット越しだったけど祢々はそれで微笑んでくれた。
『『『『『祢々姫が笑っておる。尊い』』』』』
倒れている男子たちはなにやら感動とでも言うべき笑みを浮かべている。千晶はそれを見ながら首をやれやれと振って。
「いや死んだ振りしとけよ。まあ気持ちはわからんでもないけど」
祢々はちっとも笑わない女の子だと学校では有名だった。最近は生来の朗らかさと優しさを同級生たちにも振りまき始めているため、この男子たちの様にファンが増え始めている。
「じゃ、お前らのチームを皆殺しにしてくるから、お前らはそこで大人しくしてろよ」
千晶はにやっと笑って祢々たちにそう言った。
「チアキのいじわる。じゃあまたねー」
俺は祢々に手を振ってお別れをして林の先へ進んだ。
雑木林は先に進むほど木の密度が増えて行った。隠れ場が増えるのはありがたいが、同時に敵の待ち伏せも警戒しないといけなくなる。
「なんかおかしいな。千晶。誰かに見られているような感じがしないか?」
「いや。俺は感じないぞ。気のせいじゃないか?いくら視界が悪くても部隊単位で動けば誰かしらは尻尾を出すに決まってる。周りに敵はいないと思…」
その時ふっと頭上に圧力のようなものを感じた。俺はとっさに千晶を後ろに突き飛ばした。
「おい!アラタ!いきなり何を…って!?敵?!どこから?!」
さっきまで千晶がいた場所に敵兵が現れた。木の上から音もなく飛び降りて奇襲してきたのだ。両手に摸擬ナイフを持っている。ヘルメットからは鮮やかな赤毛が見えている。転校生のネヴェイア・ラーウィルだった。
「ほぅ?異能なしでオレの奇襲を読むとはいい感してるじゃないか!だが甘い!」
ラーウィルは左手のナイフを地面に尻餅ついている千晶に向かって投げた。そのナイフは千晶の首筋を掠めた。そして千晶の頭上にdeadのARマークが現れる。
「くそ!やられた!!これがシールズの実力かよ!」
千晶は悔し気に呻いてその場で死んだふりをする。ラーウィルは獰猛な笑みを浮かべてナイフを構えて俺に相対する。
「ここまで潜入してきてオレたちのチームを後ろから叩く算段だったんだろ?索敵網を突破してきたことは褒めてやるよ」
「アメリカ海軍が誇るあのシールズのエリート兵士に褒めてもらえるのは光栄だね」
「…そうだな。トライデントは重いんだ…。重すぎるくらいに」
皮肉でもなく素直に褒めたつもりだったが、ラーウィルは少し怒ったように唇を引き結んだ。そして彼女は俺に斬りかかってきた。
「ち!この距離ならまだ銃の方が早いはず!」
俺はナイフを後ろに跳んで避ける。ラーウィルにライフルを向けて引き金を弾く。
「だから甘い!」
ラーウィルは射線を読んで、あっさりと銃弾を避けてしまった。そして俺のライフルを蹴っ飛ばして、懐に入り込んでくる。
「くたばれ!」
彼女の持つナイフは俺の心臓をまっすぐ狙っている。避けるのは難しそうだった。いっそギャンブルで彼女に向かって体当たりしてみるか。そう思った時に、背筋が凍るような嫌な殺気を感じた。
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