第3話 転校生という名の爆弾

 女の子と電車通学で登校するってすごく楽しい。正直な話、俺は学生寮から横浜に引っ越しさせられたことに納得はしていない。学校から遠くなったことに不便さを覚えている。だけど祢々という気心が知れているのにとても美しい女と一緒に電車に乗ってお喋りするだけで心が弾む自分がいる。こういう青春イベントは今までの自分にはあまり縁がなかった。中学生の頃は徴兵から逃れるために必死に勉強していたから色恋とは無縁だったし、両親が死んで、礼无が入院して以降は楽しんで生きることにどこか抵抗があった。


「なんかさ。不思議なの」


 電車の窓から街の風景を見る祢々の横顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。それを俺はとても可愛いものだと思った。


「何がだい?」


「あたしたちって士官学校に行かなかったら、今頃徴兵されて戦場に放り込まれてるよね。アジアのほとんどがダンジョンから湧いてくるモンスターの脅威に晒されていて、毎日のように人がたくさん死んでる。あたしの孤児院の先輩たちも出征したその戦場で心を駄目にされた。今もあたしたちと同い年の子供たちが、きっと戦場で死んでいってる。だけどね。今こうやって普通にアラタと一緒に登校してるだけで楽しいの。楽しいんだ…」


 祢々の声は少し悲しそうに響いた。ダンジョンがこの世界に現れて、すでに30年もたっている。このダンジョン大戦は未だに終わる気配が見えない。今はいちおう拮抗状態となっているが、人類による総力戦はずっと続いている。


「俺も祢々とこうやって一緒に登校できてすごく楽しい。だけどわかるよ。俺たちは他の人たちが戦って稼いでくれている大切な時間の中で生きてる。それがとても後ろめたいんだ」


「うん。どうしてこの世界はこんなに悲しいのかな?あたしもアラタもきっと世界が悲しくなかったら出会えなかったんだよね。だけど幸せだって思える。だからあたしね。アラタの作る部隊に期待してるんだ」


 彼女の赤い瞳が俺をまっすぐに見詰めてくる。


「アラタの特殊部隊がこの世界のダンジョンすべてを攻略してくれるって。礼无ちゃんを助けて、そして世界もいっしょに救うの」


「祢々。君は俺にそれを期待してくれるの?自分の家族だけを助ける以外のことを期待してくれるの?」


 俺は祢々の手を握った。


「うん。考えてたの。あたしはこの世界で幸せになりたい。だから頑張るよ。アラタにいっしょに」


 優しく微笑みながら彼女は俺の手を優しく握り返してくれた。信じてくれる人がいる。ならば俺はこの先戦える。妹を救うことだけを考えていた。だけど一緒に世界を救ってもいいのかも知れない。


「ありがとう。祢々」


 新しい目的を与えてくれた祢々に俺は心から感謝した。






 今日の午前中は学年全体での軍事学の講義がある。大教室にやってきた俺と祢々はすでに着席していた千晶の傍に座った。


「よう。お二人さん。まるで新婚カップルみたいじゃないか。新居からの登校はどうだい?」


 千晶は睨めっこしていたテキストを閉じて、俺たちを揶揄い始める。


「あはは。もう!やめてチアキ!からかわないでよ!あたしたちは別に結婚したわけじゃないんだからね!」


 揶揄われた祢々は少し頬を赤く染めている。祢々は美作のこともあったし、俺以外の男子生徒と没交渉だったが、最近は千晶とはこうして楽し気に会話をするようにはなっていた。


「そういや。鶴来先輩から聞いたんだけど、今日からこの学校に三人も転校生が来るんだと。二年に二人、一年に一人だ」


「転校生?ここ士官学校だぞ。千晶。それってもしかして」


「ああ。多分お前のことを嗅ぎまわるつもりなんじゃね?お前の使ったあの力。あれは各国の軍部の注目を集めてる。あわよくば手に入れたい。敵に回るなら排除したい。そんなところじゃね?」


 千晶は俺が美作を倒した顛末を近くで見届けていた。だからある程度は事情を把握している。それ故にラエーニャに脅されて口を塞がれているわけだが。


「転校生はアメリカとソ連とブラジルから来てる。ブラジルは正直よくわからんが、アメリカとソ連から来る人材はガチだ。なにせあのネイビーシールズとアルファ部隊の所属だったらしいぞ」


「まじかよ。シールズとアルファ?!本気も本気じゃないか!」


 驚いた。シールズもアルファも世界最高峰の特殊部隊だ。その人員をわざわざここに送り込んできた。間違いなく示威行為だ。そして俺への揺さぶりなのだろう。


「ねぇねぇアラタ。シールズとアルファって何?」


 祢々がキョトンとした顔をして首を傾げていた。残念ながら祢々はまだまだ軍事的常識に疎い。


「アメリカとソ連の特殊部隊だよ。ネイビーシールズは世界最強ともいわれるアメリカ海軍の特殊部隊。アルファ部隊はソ連KGB所属の特殊部隊。シールズと同程度の練度があるとも言われているエリート部隊だ」


「ふぇ…すごいんだね。きっと筋肉ムキムキマッチョマンなんだろうなぁ。うんうん」

 

 ムキムキかどうかはわからないが、鍛え上げられた歴戦の兵士であることは間違いない。きっと優秀で誇り高い男たちだろう。そのような人員を送り込んでくることにある種の光栄さを感じなくもない。残念ながら利害は一致しないが、出来るだけいい関係を築きたいものである。


「こりゃ黙ってた方が面白そうだな。ぐふふ」


 なぜか千晶がニヤリと笑っていた。俺は思わず首を傾げてしまったのだった。





 チャイムが鳴り大教室にラエーニャが入ってきた。さらにセーラ服を着た赤毛のアメリカ海軍の軍人と、ブレザータイプの制服を着た銀髪のロシア陸軍の軍人が続く。それで教室はざわざわとすこし騒がしくなった。


「静粛に。今日は皆さんに国費留学生を紹介します。アメリカ海軍よりネヴェイア・ラーウィル二等兵曹。ソビエト赤軍よりルサーウカ・ルキーニシュナ・ルシーノヴァ二等兵。仲良くするように」


 まるで普通の学校の教師みたいに転校生を紹介するラエーニャだったが、俺は内心驚きでいっぱいだった。


「あれぇ?ムキムキじゃない。2人ともかわいいね」


 教壇の前に立つ転校生二人は女の子だった。ラーウィル二等兵曹もルシーノヴァ一等兵も特殊部隊の兵士とは思えないほど綺麗な顔をしている。


「だね。おい千晶。あの二人は本当に特殊部隊員なのか?」


 千晶は俺の驚いた顔を見て楽しそうにしていた。


「くくく。お前の驚き顔は珍しいから見てて楽しいな。まあ俺だって最初は驚いたけど、マジみたいだぜ。まあそこら辺の事情はあとでオリヴェイラ准将に確認してみればいいんじゃね?あの女なら何でも知ってるだろ」


「たしかな。でも驚いたなぁ。確かに最近は女子にも軍の戦闘職の門戸は開かれつつあるけど、それでも狭き門のはずだ。軍隊は男の世界。潜在的には女子の採用を嫌がるんだ。なのに特殊部隊員になれたってことは、あの二人はそうとう優秀だってことだ」


「なあアラタ。もしかしたらあの子たちはお前へのハニトラなんじゃねぇの?見てみろよあの二人。レベルめっちゃ高い美少女だ。そして腕が立つ。ターゲットを懐柔できればそれでよし。出来なければ始末する。さすがは大国が送り込んでくるだけはある。やることに無駄がないね」


 そう考えると非常にやっかいだ。正体がバレないようにしないといけない。だけど相手は最強の特殊部隊員だ。油断はできない。


「では二人とも自己紹介してください」


 そういってラエーニャはマイクを二人に差し出す。ラーウィルとルシーノヴァは同時にそれに手を伸ばし、2人の手は空中でぶつかった。


「おい。アルファの魔女!オレが先だ!」


「黙れシールズ!ジブンが先だ!」


 2人はマイクを引っ張り合って、見苦しい言い合いを始める。


「なんだとアルファ!シベリアの永久凍土の下に埋めてやろうか!ふーやー!!」


「ふざけろシールズ!貴様こそアラスカ沖のカニの餌にしてやろう!うらーー!!」


 まるでヤンキーの様におでこをこすり合わせながら罵り合う。なんだあの馬鹿ども。警戒は杞憂に終わりそうだ。そしてよく見るとラエーニャの顔がこわばっているのが見えた。あれは間違いなくイラついてる。ラエーニャは冷静沈着なようでいて、ひどく感情的な面を持ち合わせている。


「うるさいです」

 

『『ぐぇはぁ!!』』


 ラエーニャは睨み合う二人の後ろ頭を掴んで、まるでシンバルを鳴らすように2人の額を叩きつけ合った。鈍い音がして二人はその場に蹲りのた打ち回る。すげぇ痛そう。


「もう自己紹介は結構です。席についてください。授業を始めたいので」


 冷たく吐き捨てたラエーニャは授業スライドの準備を始める。しばらくのた打ち回っていたラーウィルとルシーノヴァは額を抑えながら、空いている席に座った。だが二人は睨みをまだ続けていた。キャットファイトにしては殺気がガチすぎて笑えない。


「お友達にはなれなさそうだなぁ。せっかく女の子の同級生が増えたのにがっかりかな」


 祢々はつまらなさそうにそう呟いてテキストを開いた。おかしな監視係がやってきたことに俺はため息を一つついた。


 

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