第9話 決闘と痛客
俺たちの周りに集る人たちは声を上げて決闘を盛り上げようとしていた。
「今謝って祢々を解放したら、許してやってもいいぞ」
美作は剣の切っ先を俺に向けている。その目には殺気が満ちていた。
「お前に許される必要なんてないね。ていうか早く始めようぜ?こんなくだらないことはとっとと終わらせるに限るね」
「雑魚Fランのくせに!!うおおおおおおお!!」
美作は加速スキルを使って俺に一気に肉薄し剣を振り下ろしてきた。俺はそれを避けてカウンターがわりにアサルトライフルの弾をばら撒く。
「ち!銃なんてダサいもん使いやがって!!」
俺がばら撒いた弾はすべて美作によって切られてしまう。ステータスシステムは戦闘の常識を変えてしまった。銃よりも身体強化して剣や槍で近接戦闘をする方がより強く戦えるのが今の時代の常識だ。ステータスを強化すれば銃弾だって見れるし、そもそも防御フィールドなんかをつらぬことが出来ないのだから。
「しゃらああ!」
「おっと!」
美作は俺に詰め寄り横薙ぎで剣を振るう。ちょっと避け方が甘くって、アサルトライフルがそれで粉々に壊されてしまった。
「銃はすぐに壊れるから駄目だよなぁ!!喰らえ!斬撃スキル!『龍奏斬』!!」
スキルの中には必殺技みたいな剣技が大量に登録されている。この技もその一つ。防御フィールドさえも無視する三回の連続攻撃を繰り出すAランクスキルの大技だ。俺はまず斜めから来た一撃をバックして避ける。そしてそれを追いかけてきた鋭い突きを横にステップして避けて。
「ははは!誘導されたな!所詮はFランク!死ねぇ!!」
今死ねって言ったぞこいつ。まあダンジョン内部での決闘で人が死んでも憲兵や警察は多分動かない。士官学校も見てみぬふりをする。ダンジョン内部は力がすべての治外法権なのだから。そして俺の体を真っ二つに切り裂こうと横薙ぎの斬撃が迫る。
「いい剣筋だな。単純で!はあ!」
俺は背中のホルスターからある武器を抜き去り、それを迫る美作の剣に向かって振り下ろす。
「ぐっ!!止まった?!なんで!?なんだその武器は?!」
美作の剣は俺の持つ十手の鉤に挟まれてその場で止まっていた。
「アドバイスだ。今すぐに剣を放した方がいいよ」
「抜かせ!このまま押し切ってやる!!」
「そっすか。それは残念だ!あらよっと!」
俺は体重を乗せながら、十手を捻る。するとそれに絡んでいた剣は回転してしまい、美作の体もそれに引っ張られて地面に倒れ込む。
「ぐはっ!?なんで?!」
「だから言ったろ剣を放せってな!絡めとられてんだからこうなるのは当然だろうが!!」
そして俺は倒れた美作の腕を引っ張って極め、その首を足で踏みつける。
「ぐっぅ!かっ…はぁ…息が…っ!!」
「このまま踏みつぶしてもいいけど、それよりはこっちの方がいいかなって思うんだけどどう?」
俺は腰からハンドガンを抜いて、その銃口を美作の額に向ける。
「ひっ!」
「お前には何よりも懲罰が必要だ。俺への嫌がらせはどうでもいいけど、俺の部隊のメンバーである祢々をよくも怖がらせて笑顔を奪ってくれたな。万死に値するよ」
「や…やめて…!」
美作はガタガタと体を震わせている。目には涙まで浮いていた。
「さようなら。美作凱斗」
そして俺は銃の引き金を弾いた。辺り一面に銃声が響き渡る。
「あ…生きてる…?」
美作はどこかほっとしたような声を漏らしていた。俺の撃った弾は美作の顔のすぐ横の地面に穴を開けていた。
「馬鹿馬鹿しい。お前なんかをわざわざ殺す必要もない。失せろ!」
俺は美作の腕を放して、銃をホルスターに仕舞った。よく見れば美作のズボンが少し濡れているのが見えた。
「…くそ…ちくしょう…」
美作は悔しそうに呻いて、俺の前から姿を消した。取り巻き達もどこか俺に怯えのような目を向けてから、すごすごと退散していった。
「…すご…あの美作に勝っちゃった…」
祢々が何処かぽかんとした顔をして寄って来た。
「まあランク差は絶対の指標にはならないからね。むしろスキル系の技なんて大抵の場合動きが均質化しているから対処も簡単だもの。楽勝でした」
「あはは。そんな簡単に言えるのはあんただけでしょ!アハハ。…でも良かった!嬉しい…本当に嬉しいよ…」
俺の胸に祢々が抱き着いてきた。その体の柔らかさにすこしドギマギしてしまう自分がいることを感じた。
「ほらね。俺はちゃんと有言実行したぞ。怖い奴は追っ払った。だからさ。俺に向かって笑ってくれないかな?祢々」
俺は祢々の頬を撫でてそう言った。この子は怖がっていた。だけどもう怖がる必要なんてない。
「…うん!うん!そうだね!ありがとう!アラタ!ありがとう!」
祢々はとても綺麗な笑顔を俺に向かって浮かべてくれた。これで多少はちゃんと仲間になれたと思えたんだ。そしてその日はそのままそこで夜まで二人でささやかな打ち上げを楽しんでから転送ポートで地上に戻ったのだった。
それからの日々は穏やかながらも充実したものだったと思う。俺と祢々はラエーニャ先生と三人で零組の教室で共に過ごした。軍事教練や士官専門課程の時間も祢々とずっと一緒だった。一般教養科目についてはラエーニャ先生が黒板の前で授業しつつ、俺が祢々の横でチューターをするというかなりみっちりしたものになった。気づいたのだが、祢々は決して馬鹿なわけではない。事情を察するにどうやら施設で育ったころは勉強どころではなく、学校をさぼって裁縫工場で働くなんてことも多かったらしい。孤児施設の運営はかなりひっ迫している。義務教育どころではなく、働いて食い扶持を稼がないといけないなんて言うくそみたいな現実はゴロゴロしているわけだ。ダンジョンと人類の総力戦争のしわ寄せは弱い子供に来ていたわけだ。まあ俺もそういう可哀そうな子供の一人だと言える。放課後まで祢々に勉強を教えた後は、学校近くの品川にあるバイト先の高級ホテルに行かなければならなかった。
「ごめんね!新くん!今日は鶴来さんがいなくて人手が足りないからちょっと忙しいよ!」
ホテルの従業員のリーダーと一緒にホテル中をあちらこちらを走り回っていた。今日はなんとも忙しい日だった。
「ええ!先輩が国外に遠征に行ってますもんね!しゃあないっス!」
俺はホテルでサービスマンをバイトでやっている。学校の先輩が紹介してくれたバイト先だ。ここはとてもいい職場だ。なにせお客さんはお金持ちばかりですぐにチップをくれる。時給以外にもボーナスが入ると考えると俄然やる気に満ちるわけだ。
「新くん!ごめん!ごめんね!例の痛客がまた来た!!すぐにレストランの方に行って欲しい!」
「ええ…。マジかよ…そろそろあの人出禁にしません?」
「国連軍のお偉いさんを出禁には出来ないよ…頼む…金払いはとてもいい人なんだ。よろしく頼むよ!」
このホテルには定期的に痛いお客さんがやってくる。大抵の場合それの処理は俺の仕事になることが多い。士官学校の生徒っていうのはこういうときに割とにらみが効くし、身元も確りしているから客もなめてかかっては来ないのだ。だけど世の中には本当に痛いお客さんがいっぱいる。ホテルの最上階にあるレストランに俺はやって来た。そしてその痛客がいる席に真っ先に向かう。
「遅かったね、新さん。さあ、お席にどうぞ」
「いや…おれはサービスマンなのでお客様とご一緒の席にはつけません」
「新さん。どうしてそんなにも水臭いのですか?あなたと私の仲でしょう?私は寂しいです」
展望が美しい奥のVIP席に顔見知りの女がいた。いつもの野暮ったい服装と違い、今日は赤いドレスを纏っていた。オレンジ色の髪も艶やかに盛られていて、化粧もセクシーに決めている。紫色の瞳は不思議と熱っぽく濡れているように見えた。
「オリヴェイラ准将閣下。ご注文をどうぞ。なければ他のお客様のご迷惑になるのですぐに帰っていただけませんか?」
「…ぷい…」
当ホテルの名物痛客のラエーニャ先生はワザとらしく顔を俺から背けた。
「うぜぇ…客じゃなかったらぶっ飛ばしたい。ラエーニャ先生、注文は?」
「先生はやめてください。ここはホテルのレストランですよ。普通に呼び捨てで構いませんよ」
「従業員の俺がお客を呼び捨てに出来ると思ってるんですか?アホなの?」
「お客は神様でしょう?なら要望は通してほしいものです。席に座ってください。ホテル側にはちゃんとお話ししてありますからね」
艶やかな笑みを浮かべているラエーニャ先生に推し負けた俺は席についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます