第10話 痛客お姉さんは絡み酒が好き!
目の前に座るラエーニャ先生は、優雅な微笑みを湛えていた。昼の地味な印象とは打って変わってとてもセクシーに見える。この女は本当によくわからない。スクールカウンセラーであり教官の一人なのは間違いないのだが、准将という馬鹿みたいに高い階級も持っている。うちの士官学校の校長が大佐なので、それよりも上なのだ。俺はいつもこの人に話しかけられるたびに警戒することをやめられない。例え豪華な食事をおごってくれても、学校で贔屓してくれても、この人がやっていることはとにかく胡散臭いのだ。
「どうですか?祢々とは今後もうまくやって行けそうですか?」
お高いワインをなみなみ注いだグラスを傾けながらラエーニャ先生はそう言った。酔いせいか少し顔が赤く見える。それに不思議と可愛らしさを感じるのだ。
「ええ大丈夫ですね」
「ふむ。それならばよかったです。ですが私から見るともう少しあなた方には親密度が欲しい。今のあなたたちにはどこか遠慮が見え隠れしています」
「男女なんだから当たり前でしょう。一線は守らないといけない。男同士女同士のようにはいきませんよ」
「それがいけないと思うのです。取り合えずあなた方は親密度を上げるためにまずはセックスからしてはどうでしょうか?」
「っ!」
とんでもない言葉が出てきて、俺は少しむせてしまった。口からモノを吐かなかっただけ自分を褒めてやりたい。
「何言ってんですかあなたは?親密度を上げるためにセックス?親密度が高まった結果がセックスなんじゃないの?因果が逆でしょ!」
「私は色々な人たちをカウンセリングしてきました。多くの人たちが共通して言っていますが、セックスした後は親密度が大きくなるそうです。相手のやることなすことすべてを許してやりたくなるような。そんな感じだとね。親密と愛着とが発生するとね」
俺は閉口せざるを得なかった。残念ながら俺には男女交際の経験がない。ピチピチの童貞君なので、女性の口からセックスなんて単語が出てくるとすこし委縮せざるを得ない。
「今後の部隊運営を考えると部隊メンバーとの間には絆が必須となります。早い所祢々と性的関係を結んでもらいたいですね。セックスが男女の仲を一番上げることが出来ます。ひいては部隊の戦闘能力を高めることになる」
「ラエーニャ先生。流石にそれはちょっと…。ていうか本当にセックスすると相手に愛着が高まるんですか?そりゃ先生は大人だからそういうこと経験して実感として語れるんでしょうけどね。俺には経験がないんで、ちょっとそれを信じることは出来ないですね」
お互いへの気持ちが高まって初めてセックスするんじゃないの?なんか言ってることが理解できなさすぎるんだけど。
「私も性交渉の経験はありません。だから私にはセックス前後でどのように親密度の感情が変化するのかを実感として語ることはできません。ですが男女の親密度はセックスの有無で決まるのはおそらく真理なのでしょう。ですから祢々と早いところ性交渉の機会を持ってください。避妊法についてもきちんとピルやゴムの経費は軍に出させるのでご安心を」
「ちょっと待って!色々ツッコミどころが追いつかないよ!もう…まじであんたは痛客だよぅ…」
この人は自分はセックスしたことない癖に、年下の女の子には部隊運用の為にそれをさせる気なわけだ。この人の考えていることが全然理解できないよ。
「何故セックスを避けるのですか?祢々は容貌に優れていて肉体も豊満でしょう?性的魅力は十分にある。なのに新さんはいったい何を気にしているのですか?ふむ?あれですか?男性は女性の過去の性体験を気にするという話ですか?その点で言えば祢々には男女交際の経験はありませんし性体験もありません。生来の異能持ちなので体も丈夫に出来ていますから、多少手荒にしても問題はないでしょうし」
「さらにひどい言葉が口をついてくるね…。とにかく現状の友情関係でも十分部隊連携は取れています。それにあの子は男から性的な目で見られたり、卑猥な言葉を投げかけられたりすることを嫌がっています。学園で流れている噂のせいで性的なものにナーバスになっているんです。俺自身そういうことをしないとあの子に約束している身です。あの子に嘘はつけない」
「大丈夫ですよ。私が見たところあの子は貴方から誘われたら断りません。言葉ではノーと言うでしょうが、拒むことはないでしょうね」
「俺に経験はないんで、そのノーが嘘かほんとかなんてわかりませんね。だいたいお互いの事もまだまだよく知らないんです。とにかくそういうのはまた今度ってことで」
取り合えずこの話は煙に巻くことにした。きっとラエーニャ先生も今は少し酔っているからこそ、こんなしょうもない下ネタを振ってくるのだろうし。
「なるほど。相手の事を知りたいと。つまり相手の事を知ったなら抱けるということですね?」
「それで揚げ足取ってるつもり?」
「ふむ。でもそうですね。…ちょうどいいですね。新さん。ディナーが終わったら夜の街に繰り出しましょう。一つ面白いものを見せてあげます」
ラエーニャ先生はニヤリとした笑みを浮かべている。その笑顔に俺はあまりいい予感を覚えなかったのだ。
そしてディナーが終わって、俺はそのまま外へと連れ出された。ちなみにまだバイトの時間のままだ。ラエーニャ先生はホテルに金を払って勤務時間を買い上げたのだ。ほんと意味わかんねぇな。同伴デートしたいならホストクラブにでも行けばいいのに。そして俺たちは繁華街を連れ立って歩く。俺はホテルの燕尾服のままだ。そしてラエーニャ先生はその俺の左腕に絡みついていた。なお、まだ酒が足りないのか彼女の手にはコンビニで買った缶ビールが握られている。
「ところで新さん。何でここら辺にあるホテルは時間単位での料金表示になっているのですか?お昼寝専用なのでしょうか?」
俺たちは繁華街の外れにあるホテルと風俗店が集まる区画へと着ていた。ラエーニャ先生はラブホテルの看板を見て首を傾げている。すごく答えたくないです。
「そんなことよりも、なんでこんなところに連れてきたんですか?」
「うん?ああはいはい。あなたと連れ立って歩くのが楽しくて忘れてました。あのビルですね。ほら見てください。ベストタイミング!」
ラエーニャ先生が指さす方向には各種風俗店が入る雑居ビルがあった。そしてそのエントランスへと入っていく、制服姿の祢々の姿が見えた。
「では私たちも入りましょう。三階の石鹸屋さんに祢々は出入りしているそうです」
「石鹸屋さん…?ええ…」
ソープの事っすか…。俺たちはビルの中に入り、エレベーターに乗って三階に行く。そしてソープ店の前に着いた。俺も男だからもしかしたら将来お世話になっちゃうのかな?みたいな想像をしたこともあった。だけどまさか女性を連れてソープに来るなんて思わなかったよ。
「すみませんお客様。当店は女性をお連れでのご入店はご遠慮いただいているのですが…」
当然のように店の前で従業員のお兄さんに止められてしまった。
「石鹸屋さんなのに女は駄目?私だって石鹸にはうるさいですよ?」
「先生ちょっと黙ってて!今ピンク色の髪の女の子が来ましたよね?彼女に合わせて欲しいんですが」
「…君は祢々ちゃんの知り合いなのか。ならこっちへ来てくれ」
従業員のお兄さんは俺たちをテナントの裏口の方へと案内してくれた。そしてそこに入ると、狭い通路の奥の部屋に案内された。
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