第11話 理不尽な世界にノーを!


「え?アラタにラエーニャ?!どうしてここに!?」


 通路の奥の部屋は従業員の休憩場のようだった。髪を後ろで縛った祢々はキッチンでエプロンを着て料理を作っていた。入ってきた俺たちの事を見て驚いて、持っていたお玉を落としてしまった。


「あなたがここに出入りしていることは把握していました。なので何をしているのか気になりましてね。確認に来ました。石鹸を売ってるんですか?学園にはそんなバイトをしているという届はなかった記憶がありますが?」


「ええ?!ラエーニャはあたしがここに来ているの知ってたの?!あの!アラタ!誤解しないでね!あたしはここで働いてるわけじゃないよ!ほんとだよ!」


「そんなことはわかってるよ。でも働いていないなら、なおさら解せないよ。なんでここで料理なんてしてるの?」


 お鍋からは出汁のきいた煮物のいい匂いが漂っている。近くの台にはいくつものお弁当箱が並べられていて、そこにおかずを詰め込んでいるようだった。


「…あたしのいた施設の先輩たちがこのお店に勤めてるの。お世話になった人たちだから。少しでもお返ししたくってね。お弁当を作っているの。お部屋に帰って、朝起きたらすぐに食べられるように。先輩たちみんな軍隊で酷い目に合ったの。孤児だから死んでも誰も気にしないの。だから危険な任務押し付けられたりとか、夜は男たちの…あれの…処理させられたりとか…。みんなボロボロになって帰ってきて。普段の生活も難しくて。だからあたしが御飯とかみんなのお部屋の掃除とか。そういうことをしてるの」


 ダンジョン戦争の爪痕はあちらこちらに存在している。軍隊内でも酷い格差がある。孤児出身の家族がいないものなんかには危険な任務が押し付けられやすい現実がある。孤児ならば遺族年金を払わなくて済むからだ。女性ならばその扱いはさらに過酷だろう。何でこんなにも世界は腐っているんだろう。


「そっか。うん。祢々は立派だな。すごくいいことをしてるな…偉いよ。君はすごく偉い」


「あっ…アラタ…ちょっと恥ずかしいよ…」


 俺は悲しくなってしまった。だから祢々を思わず抱きしめてしまった。


「ほら。祢々は拒まないって言ったじゃないですか」


 缶ビールを飲みながら先生はにんまりと笑ってる。この女本当にウザい。


「黙っててよ!ラエーニャ先生!もう…。そうかでも噂の出所がやっとわかった。ここに出入りしていたわけだ。そう言えばたまに男の人とも歩いているのも見たけど、それはどういう関係?」


「ああ…それも見られてたんだ。あいつらは…」


「祢々ちゃん!ごめん!助けてくれ!あいつらが来たんだ!」


 部屋に店の従業員のお兄さんが入ってきた。とても怖がっている様子が見える。


「っち!またなの?!何度もぶちのめしてるのに!どうしてわかんないのかなぁ!!腹立つ!」


「おい!待ってくれ!」


 祢々はエプロンを脱ぎ捨てて、部屋を出ていく。俺もラエーニャ先生もその後を追いかける。店の前のエレベータホールに三人組のチンピラがいた。暴力の臭いが漂っていた。ヤクザかなにかだろう。


「またあんたたちね。何度も言ったよね?あんたたちに払うお金はないって!店の女の子たちにホストクラブに行かせたり、クスリ売ったりするもの駄目だって。あたし何度も言ってるよね?わかんないの?」


「あん?言ってんだろ!ここは俺らの縄張りになったってなぁ!ミカジメ料はきっちり取るってな!今まで見たくなあなあではすませないってなぁ!」


「品川は国連軍のお膝元だよ。誰がヤクザ共に金なんて払うもんか!出て行って!いますぐに!あたしが相手になるって言ってるの!兵隊ならいくらでも連れてきなさい!何人でもぶちのめしてあげる!!」


 なるほどね。会っていた男たちはヤクザ共か。番犬の如くヤクザたちと睨み合っていたわけだ。祢々はこの店の用心棒をしていたわけだ。


「ザケンなよ!極道の看板は安くねぇんだよ!お前みたいな小娘一人相手に誰が引き下がれるか!」


「じゃあいつも通り殴ってあげる!歯を食いしばりなさい!」


 祢々の体を桜色のオーラが包み始める。ダンジョンでさえ無双できるこの力ならば、ヤクザ相手にも遅れは取らないだろう。


「おいおい!俺たちがいつも大人しく殴られると思ったら大間違いだぞ!これを見ろ!」


 リーダーっぽいヤクザはスマホを取りだした。そこには縛られている女の姿が映る動画が映っていた。


「うそ!チエミ先輩!?今日は非番なのに?!あんたたちが誘拐したの?!ふざけんな!」


「てめぇがふざけまくったつけだよボケ!この女を返してほしければミカジメをきっちり払うんだな!」


 動画を見た祢々の顔は蒼白になっていた。どうやらこの動画に写る女性は祢々のいた孤児院の先輩の一人らしい。人質とは卑怯極まりない。


「卑怯者!」


「知ったことかよ!あとお前みたいなクソアマにもきっちり誠意を見せてもらうからそのつもりでいろ!そのお綺麗な顔ならAVあたりで大金が稼げるだろうな!ひゃははは!ぶべぇ」


 聞くに堪えないので、俺はイキリ散らしているヤクザリーダーの顔を思い切りぶん殴ってやった。


「ええ?!アラタ!ちょっと!」


 祢々が驚きの声を上げているが、俺は気にせずにそのまま後ろにいる二人のヤクザもぶん殴って気絶させた。


「何考えてんだ!おめぇ死んだよ!うちの組に手え出すなんて命知らずにもほどがぶべぇ!」


 俺はヤクザリーダーの顔を思い切り踏みつぶす。


「いだいぃ!やめろ!俺らが怖く…ぎゃぶぅ!」


「うるせぇんだよくそヤクザ。その動画の女性は今どこにいる?!言え。言わなきゃ殺す」


「そんなこと言えぶぎゃぁああ!」


 口答えしたので速攻顔にケリを入れる。


「次はねぇぞ。次は脳みそごと顎を踏みつぶすぞ。言え。いますぐに!」


「わかった!わかったから!いう!この近くのビルの廃テナントだ!だが行っても無駄だ!うちの若いもんが警備してる!お前らが言っても無駄だぶがぁあ!」


 俺はヤクザリーダーのこめかみを思い切り蹴っ飛ばして気絶させた。


「アラタ…。いくらなんでもヤクザ相手に喧嘩を売ったらまずいよ…。すぐにラエーニャと一緒に逃げて」


「知ってるか?軍隊じゃ同じ部隊のメンバーは家族みたいなもんだってな」


「え?家族…あたしたちが?」


「そうだ。俺と祢々は家族も同然だ!だから人質が祢々の家族みたいな人なら、俺にとっても同じだ。俺たちで助けに行くぞ!」


「アラタとあたしは家族…」


 少し頬を赤く染めて呆けている祢々は放っておいて、ラエーニャ先生の方へ俺は顔を向ける。


「ラエーニャ先生!国連軍の憲兵権限を一時的にでいいから俺に認めてくれ!ヤクザ共を今からぶちのめして逮捕する!」


「いいですよ。でも殺しは極力避けてくださいね。始末書書くのはめんどくさいんで」


 この人は本当にぶれないな。ビールをちびちび煽りながらすごく残酷な事をシレッというんだからヤバい女だわ。


「大丈夫だよ。殺しはやらないよ。祢々。ステータスをすぐに弄れ。『弾速加速』と『隠密動作』の二つのスキルにspを割り振って強化しろ!」


「アラタ?一体どうする気?そんなスキル取って何するの?」


「2人でテナントビルに突入して人質救出だ。指揮は俺が取る。武器はゴム弾を装填したアサルトライフル。すぐに軍用の戦闘服に着替えて!夜間用の黒い服!」


 弾速加速のスキルを強化することで、民間のヤクザ程度の戦闘力の奴ならばゴム弾でも一撃で昏倒させられるようになる。あとは隠密動作のスキルがあれば突入してもしばらくは気づかれずに戦える。人質救出作戦はいかにバレずに動けるかがポイントとなる。


「わ、わかった!」


 祢々はアイテムボックスから黒の戦闘服とベストとアサルトライフルを取りだして、その場で制服を脱ぎ始めた。俺はすぐにさっと目を逸らしたが、一瞬だけピンク色のブラがシャツの隙間から見えてしまった。俺もその場で戦闘服に着替える。そして着替え終わった寧々と装備の確認をした。準備は問題なかった。


「お二人はこれを肩につけておいてください」


 ラエーニャ先生はアイテムボックスからMPの文字がついた腕章を取りだして俺たちに渡してきた。これで憲兵として正式に動けるようになる。

 

「では正式にお二人にはヤクザの制圧と人質救出を軍の命令として出します。頑張ってください。応援してます」


「「サー!イエス!サー!」」


 俺たちはラエーニャ先生に敬礼した後、駆け足でこのビルから出て、人質がいるビルへと向かった。



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