第8話 このいちゃつきはあくまでも偽装ですから!

 湖畔の休憩場にはギルドのアイテム屋と軽食を提供するカフェがあった。


「あら?タピオカあるんだけど?」


「どうせならここで飲んでこうか」


「そうね。そうしましょう。良い打ち上げかもね!ふふふ」


 俺たちはオーソドックスにタピオカミルクティーを頼んで湖を臨むテラス席に陣取った。


「…思ってた感じじゃなかった。もっと甘い粒だと思ってたわ…でも美味しいね」


「そうだね。ここのは結構美味しいな。今後は贔屓しよう」


「そう言えば、なんであんたは士官学校に入ったの?あんたってすごく勉強できるんでしょ?なら名門高校に行って、大学目指して兵役免除を狙うもんじゃないの?」


 大昔は大学が沢山あったらしいが、今の時代はそんなにたくさんはない。大学は選ばれた者しか入れない超高等教育機関だ。大学に入学出来て卒業できれば、兵役は免除となるのだ。確かに昔は俺も大学に入って兵役を免除することを狙っていた。だけどそうもいっていられない状態になった。


「俺も君と同じでね。金がないんだ。だから士官学校に入った。士官学校なら卒業したら大卒扱いだし、軍でも待遇がいい。指揮官として勤務できるから俺みたいな戦闘が苦手な奴にはちょうどいい。危険が少なくて済む」


「あんたが戦闘苦手…?それはないと思うけど?でもアラタもお金がないんだ。あんたも施設育ち?」


「いや家族はいたよ。ただ両親は軍医だったんだけど、勤務地で戦死した。だから養ってくれる人はいない」


「ごめん。嫌なこと聞いちゃったね。あたしたち同じなのかなって思って…それで聞いちゃったの…」


「気にしなくていいよ。両親は立派な人たちだった。俺の親には勿体ないくらいの良い人たち。思い出すことは苦痛じゃない。むしろ誇りさ。…俺は死んだ両親の実の子じゃないんだ。養子なんだよね。でも優しくして貰った。だから亡くなってしまったことは悲しいけど、思い出すといい思いでしかない。だから気にしないで」


「そっかありがとう。…あれ?でも普通親が軍隊勤めなら軍の福利厚生とかあるよね?生活の面倒を見てくれるし、進学のサポートとかもしてくれるって聞いたことあるけど?違うの?」


 祢々の言う通り、軍属の遺族は普通手厚く政府がサポートしてくれるのだ。進学するなら返済義務なしの奨学金を用意してくれたりしてくれる。だけど俺はそんなのを使って進学する余裕さえなくなってしまったのだ。


「うーん。まあね。でもちょっと申請で色々ごたついちゃってね。ははは。まあ今は士官学校来れたし結果オーライさ!ははは!」


「そうなの?うーん?…まあ、今はいいか…」


 俺は適当に話をけむに巻くことにした。祢々は若干燻しがっているけど、追及はしてこなかった。俺には妹がいる。大恩ある両親の実子だ。そして何より理屈抜きで愛おしく大切な妹なのだ。血のつながりは俺にとってはどうでもいい。妹は残念ながら大きな病を患っている。延命には軍属の遺族への福利厚生をフルに利用してもなおさらにお金がかかる。俺は一般校への進学をやめて、給料や手当が貰える国連軍士官学校へと進むことにしたのだ。それにバイト代を足して今のところは妹の病の進行は抑えている状態だ。


「あんたって絶対に水臭い男よね。…寂しいなそういうの…」


 祢々は俺の肩を控えめに、だけど優しく撫でてきた。その感触に心が和らぐような安心感を覚えた。その心地よさに浸ってみたいとそう思った時だった。


「丁嵐!?てめぇ!!俺の祢々に何をしてるんだ!?」


 ふっと目を向けるとテラス席の近くに美作と、その小隊メンバーたちが立っていた。祢々とお喋りに夢中で、近づいていたことに気がつかなかった。ダンジョンの休憩場なら鉢合わせても別に不思議ではなかったのをすっかり失念していた。


「ひぃ?!」


 祢々は美作の姿を見た途端、俺の腕に抱き着いてきた。目を伏せて体を微かに震わせている。


「てめぇ!?丁嵐!この野郎!祢々が怖がってるじゃないか!お前ここにその子を無理やり連れてきたんだな!!可哀そうに!」


 美作は俺を睨みながら近づいてきた。取り巻き連中も当然一緒だ。


「どう思考したらそんなおかしな解釈に至れるんだ?お前は本物の馬鹿なのか?いやマジで本気でそう思うよ」


 どう見たって祢々は美作を怖がっている。彼女が孤立することになった噂の出所であり、今はストーカーレベルで付き纏っているというならば、怖がられても仕方がない。どんだけ優れた異能を持っていても女の子だ。無茶なことをしてくる男を恐れないわけない。俺は祢々の震える頭を優しく抱いて撫でる。


「あっ…ん…ぁ…」


 祢々の震えは止まってくれた。安心してくれたのか、俺に少し体重を預けるように体をもたれかけてきた。


「何気安く祢々に触ってんだ!!?マジでキモいんだよ!早く離れろ!祢々が嫌がってるのがわかんねぇのかよ!雑魚Fラン!」


 ウザい金切り声でキンキンと喧しく捲し立ててくるのにすごくイラついた。だから少し挑発返しをしてやることにした。俺は祢々の頭を撫でていた手を彼女の頬に持っていき、優しく撫でる。


「…ちょっと…やめて…アラタ…みんな見てる…」


 そして俺はそのまま人差し指で彼女の唇を軽く撫でた。とてもやわらかなのに、心さえも跳ねさせるような弾力も感じた。


「祢々。嫌なら俺の指を噛め。そうしたらすぐに離してやる」


「…そんなこと…出来ないよ…ちゅ…ん…」


 頬を赤く染めた祢々は俺の指を軽く唇だけで甘く噛んだ。そして俺は美作に視線を向けた。


「答えはもう出てると思うぞ。だからすぐに消えろ。これ以上は恥の上塗りになる。祢々はお前を選ばない」


「五月蠅い!祢々は俺と付き合うべきなんだ!同じAランク同士!高みにいるもの同士が付き合うべきなんだよ!!」


「そんなくだらないランクで人を選ぶような女の子じゃないよ。この子はね。お前はこの子の上面しか見てないんだな…哀れな男め」


「なんだと!お前みたいな雑魚を小隊に入れてやってたのに!」


「その俺を追放したのはお前じゃなかったっけ?ロジックが通ってなさ過ぎていっそのこと笑えてくるよ」


「あいかわらず雑魚のくせに上から目線のままかよ!決闘だ!お前みたいな雑魚にランク差の絶望を教えてやるよ!!」


 ぶっちゃけやりたくない。必要性がまるで感じられない。だけど…。ここで一つこの男には身の程をって奴を教えてやらなければいけない。


「アラタ…ダメだよ!もうこんな人、放っておこう!いくらあんたでもランク差はどうにもできないよ…。あんたが傷つくところなんて見たくない…」


 俺の胸元に抱き着いている祢々はとても心配気に俺を見詰めていた。


「まあまあ。ここらで一つ。俺の事も信じては貰えないだろうか?同じ部隊のメンバーっていうのは命を預け合う仲だよ。祢々の抱える問題は、俺の抱える問題でもあり。祢々の敵は俺の敵だ。祢々、俺はお前の綺麗な笑顔をずっと見て居たい。だから俺はお前の敵を許さない。絶対に潰す。だから任せてくれないか?」


 この先ダンジョンで命を預け合うことになるんだ。なのに美作如きから逃げ出すわけにはいかない。


「…怪我しちゃだめだよ…」


「あら?そこは負けたら許さないよって言うところじゃない?」


 俺が冗談めかしてそう言ったら、祢々は俺の耳もとにそっと唇を近づけてこう囁いた。


「負けたらあんたを連れてすぐに逃げる。どこまでも美作から逃げ続けるからね…。あんたの残りの人生はあたしとずっと一緒よ。それがいやなら負けちゃダメだよ」


「うーん。どっちに転んでも悪くないね。…サンキューな。じゃあいっちょ頑張っちゃおうかな!」


 そして俺たちは湖畔にある広場に向かった。騒ぎを聞きつけた冒険者やら、学生やらがわらわらと集まってきた。まさしく絶好の決闘日和。嫌な奴をぶちのめすには丁度いいムードだ。

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