第24話 キスと予言

 俺の胸の中にいるレイエス元帥はウォーロードなんて言う肩書には似合わないほどに華奢な女の子だった。元帥は俺の手を取った。


「あーしと踊ってよアラタ」


「でも俺こんな激しい音に合わせて踊れませんよ」


「大丈夫…。…お前ら。いますぐに跪け・・・・・・・


 レイエス元帥がそう言うと、プールにいた人々すべてが踊るのをやめてレイエス元帥に向かって跪いた。そして音楽も止まり、動いているのはリリハ先輩くらい。


「え?なに?なにこれ?!アゲアゲ感どこいったし!?なんでみんなマジモード?!?ひぃ!だから痛客はいやぁ!!まじ居た堪れないよぅ!!」


 この空気の中で踊る勇気はさすがのリリハ先輩でもなかったようで、涙目になりながらお立ち台から降りてプールから走り去ってしまった。あとでまじでフォローしてあげよう。


「さあ。踊ろうアラタ」


 会場にかかる曲は、社交ダンスのような緩くて優雅なものに変わった。一応士官学校の課外教養の講座で社交ダンスを習っていたので、これならば踊れそうだ。


「ではレイエス元帥。お手を」


「水臭いし。ヒメって呼んで欲しいし」


「…ではお姫様。わたくしめと是非一曲」


 俺はわざとらしく大仰な仕草でレイエス元帥の手を取ってダンスに誘う。


「ええ、よろしくてよ」


 レイエス元帥はそれを優雅な笑みで了承してくれた。俺は左手で彼女の右手を握って伸ばし、右手を背中に回し、2人でステップを踏む。はた目から見ればシュールかも知れない。俺は燕尾服で彼女はビキニの水着。でも踊りだけはちゃんとできていたと思う。


「思い出すし。昔。あのお方とこうしてよく踊ったし。昔のあーしは社交パーティが好きだったし。誰もが称賛し崇敬し恐れるあのお方の腕を取って人々を睥睨するのが大好きだった…。彼は王様、あーしは姫様。満ち足りた世界だった」


 彼氏かなんかの話を始める元帥は頬を艶やかに赤く染めていた。愛おしい人について語るときに女の子がする顔。中南米を支配し、超大国とも渡り合う大軍閥のトップが見せるには可愛らしすぎる顔だと思った。本当にお姫様のように見える。


「立派な方とお付き合いしてたんですね」


「…そうだし…立派だったし…立派過ぎた…だからあーしはお姫様のままでいられた…お姫様のままでしかなかった…」


 俺を見詰める元帥の瞳に暗くて冷たい影が見えた。そして彼女はふっと上に顔を向けた。その視線の先には確かホテルのレストランのバルコニーがあったはず。誰か知り合いでも見つけたのだろうか?俺は気になって顔をそちらに向けようとした。


「あーしだけを見てよ。あいつに目を向けないで。おねがい…」


 その声に俺は首を動かすのをやめた。レイエス元帥の瞳は確かに濡れていた。


「あのお方もそうだったし。あーしじゃなくてあいつを見てた。皆はお姫様のあーしを見てくれるのに、あのお方はあの女を見ていた。…あの女と自分の国をどうするかをいつも楽しそうに話してたの…ああ…」


 元帥は俺の胸に顔を埋めてくる。何となくわかった。今この人は泣いているんだと。


「所詮あーしはお姫様。お姫様は王様の物。…隣に立つわけじゃなかった。可愛がられても慈しまれても抱かれても…あの女には届かない。あの女は他の人たちとは違った。誰もがあのお方の姫であるあーしを羨む目で見上げていたのに、あの女だけは…あーしを蔑む目で見下していた…肌を重ねる恥ずかしさも男をこの身受け入れる痛みも知らない処女の分際で、あーしを、このわたくしをあの女は嘲笑っていた。所詮は肉の交わりしか知らないなどと嘯き、魂と理性の交感にこそ悦びがあるなどとこのわたくしに宣った!あの女はあのお方と肉欲を交らわせるわたくしを卑しい女と蔑むくせに!このわたくしに!このわたくしに!王妃たるこのわたくしに!自分こそがもっとも陛下の寵愛を受けて必要とされる女だと。そう言った!」


 俺たちはプールサイドで足を止めた。レイエス元帥の様子はもう踊っていられるような雰囲気には見えなかった。顔を上げて俺を見上げるレイエス元帥の瞳は紫色の淡い光に染まっていた。


「わたくしにはあのお方以外何もなかった。陛下だけがわたくしのすべて。だってあの女がわたくしの家族も財産も民も故国も。すべてを奪ったのだから。残ったのは陛下への愛だけ。なのにその愛すらもあの女は奪った。あいつこそわたくしよりも卑しい女だ。アラタ。お前の隣にいつもいるラエーニャは卑しい女なのだ!」


「ちょっと!押さないでください…うわっ!」


 レイエス元帥は俺の体に思い切り倒れ込んできた。勢いが強すぎたせいで俺はそのまま元帥を抱きかかえながらプールに落ちてしまった。そのまま二人で底の方へと沈んでいく。レイエス元帥の金髪がプールの水の中でふわりと広がる。プールサイドのスタンドから届くライトの光を反射してその髪は美しく光り輝いてみた。元帥の淡く輝く紫色の瞳と視線があった。さっきまで泣いていたようはずだけど、涙はプールの水に混ざって消えてしまったようだ。だからだろうか。レイエス元帥は穏やかな笑みを浮かべて俺を見詰めていた。そして彼女は俺の頬に両手を添えて、俺の唇に口づけした。そして俺の背中がプールの底にぶつかって、二人の体は水面に向かって浮上していく。元帥が俺から唇を離したと同時に俺たちはプールから顔を出したのだった。


「ぷっは!びっくりした…!」


「くくく。あはは!あーおかしい!アラタまじで驚き過ぎだし!だから水着を着ろって言ったし!超ウケるし!きゃはは!」


 心底楽しそうに笑っている元帥の瞳はいつもの赤い瞳に戻っていた。悲しみの色もない。さっきのはいったいなんだったのだろうか?


「あなたもラエーニャ先生と何かあったのか?なあいったい何があったんだよ」


 俺の問いかけにレイエス元帥は笑みだけを浮かべる。


「あーしはラエーニャ嫌いだから特にコメントはないし!それよりアラタに一つヒントだし!」


「ヒント?」


「すべてをサブジェクトしろし!」


「サブジェクト…?ステータスシステムのあれのことか?俺はあのサブジェクトランクの対象外なんだけど」


「当たり前だし!だってお前はサブジェクトされる側ではないし!サブジェクトする側だし!ステータスとはサブジェクトするものが与える枷に過ぎないし!アラタ!お前は奪る側ではなく与える側になるのを目指せ!人民にすべてを与えて、人民のすべてをサブジェクトしろし!」


「何言ってるのか全然わかんないんだけど…?」


「すぐにわかるし!でもアラタなら大丈夫だし!あーしは再びお前と会える日を信じてるし!あはは!あははははは!!」


 そしてレイエス元帥は俺たちの横に通りかかったビニールのイルカボートの跨り、俺の傍から離れて行った。


「ガンガン踊り狂えし!いずれ帰ってくるあのお方のために!ありったけ!ありったけ!ありったけ騒ぎ狂え!!ぎゃははははは!!」


 元帥が指を弾くとBGMが再び激しいダンスミュージックに変わる。お客さんたちは再び曲に合わせて踊り始める。それを見ながら俺はプールから上がる。するとそこにはリリハ先輩がいた。


「お疲れー。まじでアラタっちって敏腕のホストみたいだったよ。わがままなお姫様をあやす騎士みたいに見えた」


 リリハ先輩はタオルで俺の頭をわしゃわしゃと拭いてきた。


「先輩。自分で拭けますよ」


「まあまあ。ウチは結局役立たずだったしね。これくらいはさせてよ」


 ずぶ濡れの髪をタオルで拭かれるのは気持ちが良かった。


「ねぇ先輩。サブジェクトってどういう意味だろうね?」


「ステータスシステムのサブジェクトランクの事?」


「そうそう、それの事だと思う。先輩めっちゃ順位高いけど、なんかコツあるの?」


「さあ?昔は他の人と変わらないくらいだったんだけど、去年からめっちゃ上がったんだよね!おかげでステータス補正がかかりまくりであたしめっちゃ強くなったよ!…まあステータスシステムって胡散臭いから当てにはしてないけどね。特戦群もステータスシステムが供給する異能大系である『スキル』の使用を基本的にはあてにしないように部隊運営してるしね。ウチも先天の異能と鍛えた武芸だけを使うようにしてる。まあ化粧スキルにすごくお世話になってるけどね!」


 ステータスシステムはこの世界になくてはならないものだ。もしこれがなければ今頃人類はダンジョンから湧き上がるモンスターによって絶滅させられていただろう。まさしく人類に齎された恩寵と言ってもいい。だけどそこには常にうさん臭さが漂っている。都合よく人々の能力を強化し、様々なスキルをノーリスクで与えるこのシステムを俺たちは果たして信じてもいいのだろうか?すくなくとも大国の軍隊はステータスシステムを利用しつつも、懐疑的な眼差しを向けているようだ。俺だって使わずにすむなら使いたくない。


「ねぇリリハ先輩。リリハ先輩はラエーニャ先生のこと嫌い?」


「難しい質問するね。…女の子にそれ聞いても絶対『そんなことないよー』って言うに決まってるのはわかってるくせにね。…ウチはあの人のことはっきり言って怖い。近くにいたくないかなって思ってるよ」


「そっか。でも俺はあの人のこと疑ってるけど嫌いにはなれないんだよ。いつも助けてくれる」


「ふーん。あれかな?アラタっちには都合のいい女?」


「そんなわけないよ。だってラエーニャ先生って強引だもの。俺の都合には合わせてくれてないよね。むしろ振り回されてるし」


「じゃあ面白い女だ。完璧人間のアラタっちが頼りにしちゃう女ラエーニャ・オリヴェイラ准将にウチはちょっと妬けちゃうかもね?ふふふ」


 髪を拭き終わって、俺と先輩はプールを後にした。こうして痛客ツアーは無事に終わりを告げたのだ。








 

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