第14話 すれ違いのお終い
土曜日は午前中で授業が終わる。俺と祢々はダンジョンでの小隊演習を終えてから、お台場ダンジョン近くにある浜辺にシートをひいてランチを楽しんでいた。
「うん。このサンドウィッチすごく美味しいね」
「でしょ!それはね、隠し味に…」
ランチのお弁当は祢々が作って持ってきてくれた。この間の人質救出作戦の礼だそうだ。美味しい食事に、綺麗な女の子が隣にいるという事実が心を否応なくときめかせているのが自分でもわかる。すごく楽しいと思えた。
「ねぇねぇ聞いてよアラタ。最近あたしのサブジェクトランクめっちゃ上がったんだよ!なんと今11位!」
「え?マジ?すごくない?」
サブジェクトランクの上昇の理屈は全くわかっていない。法則性が出鱈目なのだ。なのに祢々のランクがコンスタントに上がっているという事実が少し引っ掛かった。もともとこの子のランクは二桁台という破格の高さだった。どういう基準でランクが高まるのか?最近は俺とずっと一緒だったけど、特段他の士官学校の生徒と変わることはないのだ。
「でしょ!なんかステータスにもすごく上方補正がかかってるんだよ!なんかアラタと出会ってからあたしずっと調子いいよね!アラタはアゲチンだね!」
「いまアゲチンって言った?え?アゲチン?」
「うん。アゲチン!一緒にいると幸せになれる男の子をアゲチンって言うんでしょ?ラエーニャがアラタはアゲチンだって言ってたよ」
「…その言葉は外では言わないでね…ラエーニャ先生は後で説教しておくからね!あはは!そう言えばさ、祢々はラエーニャ先生と昔からの知り合いなの?」
意味が絶妙に間違っている上に外聞が悪すぎる。だけどやっぱりこの二人はプライベートでの親交があるわけだ。どういう関係なんだろうか?
「うん。ラエーニャはあたしの小さいころからの知り合い。一月に2,3回はあたしに会いに施設に来てくれたの」
「ほう。あのドライな先生が子供に会いに行ってた?あれ?もしかして…?」
「うん。…ラエーニャはあたしのお母さん。育てられない事情があったんだろうね。だから施設に預けた。正直に言えば、恨んでるところもあるけど。でも会いに来てくれてるんだから…それだけでもずっとましかなって。施設にも金銭的援助をけっこうしてくれてたし、文句は言えないよね…。でも…娘だって認めてくれないの…」
「そんな事情がね…ん?あれ?母親?」
一瞬納得しかけたんだけど、ふとこの間ラエーニャ先生が言っていたことが頭に引っ掛かった。
「ラエーニャは多分あたしのことが嫌いなんだろうね。結婚もしてないなら子供は邪魔だもん。…でも一度でいいから…お母さんって呼ばせてほしいよ…」
祢々は悲しそうに両ひざを引き寄せて背中を丸めた。そしてその目は遠くの水平線に向けられていた。可哀そうだなって思って俺は、祢々の肩を抱き寄せて頭を撫でる。
「…アラタ…くすぐったいよぅ…」
悲し気だった顔は少し和らいでくれた。この子は綺麗だ。だから悲しい顔は似合わないと思う。だからこそ気になった。俺は祢々に見えないようにスマホを弄って、ラエーニャ先生にメッセを送る。
【ラエーニャ先生って、祢々のママなの?】
メッセージを送ってすぐにスマホが電話の着信で鳴った。表示されている名前はラエーニャ・オリヴェイラの名前。…なにこれ?俺はただ事ではない雰囲気を感じて電話に出る。
『誤解を解きたいので、何も言わずに聞いていただけますか?』
ラエーニャ先生の声にはいつもの冷たくてドライな音色はなく、どこか焦りのようなものが感じられた。
「別に誤解も何も…」
『何も言わずに聞いてください!お願いですから!私の話を聞いてください!』
「お、おう。どうぞ…」
『私は祢々の母親ではありません!DNA鑑定を受けても構いませんし、産婦人科医に私の体をチェックさせて出産経験と性交渉の有無を確認していただいても結構です!』
「え?そこまで言うんですか?でもその割には面倒見てますよね?どういうこと?」
『祢々は私が南極のダンジョンで拾ったんです!信じてください!私は祢々を産んでなんかいません!祢々だけじゃない!他の子供だって産んでない!男と寝たことだってありません!信じてください!あなたにふしだらな女だと思われるのは耐えられない!耐えられないよぅ!』
なんか向こう側から聞こえる声がすごく悲し気にくぐもって聞こえた。
「あの?なんかごめんね。でもちょっと聞きづてならないこと言ったね?ダンジョン?どういうこと?」
南極のダンジョンは世界最大のダンジョンだと言われている場所だ。だけど未だにロクに調査が進んでいない。あのアメリカのシールズやグリーンベレー、ロシアのスペツナズのアルファ部隊さえも帰ってこれなかったという危険すぎる場所だ。現在は危険すぎることから調査さえ行われていない。
『…それを話したら信じてくれますか?私が男と寝るようなふしだらで淫乱で淫らな貞操のない女だと誹るのをやめていただけますか?』
「誹るなんてそんな…つーかそこまで言ってないでしょ…ちゃんと信じるからさ。話してくれ」
この女の恥を覚えるポイントがよくわからない。別に元カレがいようが、結婚歴があろうが、子供がいようがそれはそれで個人の人生でしかないだろうに…。なんでそんなに男がいたって思われるのが嫌なのかさっぱり理解できない。
『…祢々は17年ほど前に南極のダンジョン10階のサブコア付近の隠し部屋で見つけたのです。赤ん坊の状態で封印されていました』
この人も一体いくつなんだろうか?見た目はとても若いのに結構年がいっているようだな。
「それは…何とも…」
『どうにも判断がつきかねましたので、取り合えず国連軍に黙って連れて帰ることにしたのです。安保理に引き渡すことも考えたのですが、祢々を巡って常任理事国同士で揉めるのは目に見えていました。赤ん坊の時点でも恐ろしく優れた素質を示していましたからね。他所の勢力の実験動物か兵器扱いならば、いっそのこと私の子飼いの兵士として育てることにしたのです』
言ってることがやっぱりドライな上にすごく怖い。子飼いの兵士というあまりにも不憫すぎる単語に若干震えそうになる。
『さすがに手元で育てたいとは思えなかったので、適当な施設に放り込んで適度に様子見するというやり方を選びました。予想通り優れた異能の素質を発揮し、世界でもトップクラスの戦闘能力を示しうるところまで伸びてくれました。容貌にも優れて、身体も性的魅力に溢れていたのはこちらとしては嬉しい誤算でしたよ。戦闘どころか夜伽もこなせる優秀な駒と言えます。私はいい拾い物をしました。祢々はあなたの役に立っている。そうでしょう?』
このご時世、優れた異能の素質のある子供を拾って戦闘員に育てるという話はごまんとある。子飼いの冒険者や兵士の数で自勢力の強さがダイレクトにつながる時代になってしまった。とくに寄せ集め集団の国連軍なんかは軍内部の有力者が各地で優れた子供をスカウトしてまわっているなんて言う話だ。子供の頃から自分に忠誠を兵士を育てて軍団を作って武勲を稼ぐことが常態化しつつある。ダンジョン被害のせいで崩壊した国家にそういう軍団さんが国連軍の看板を背負って乗り込んで、地域を実効支配して利権を牛耳っているなんていクソみたいな話がごまんとあるのだ。そういう連中を指して軍閥なんて揶揄する声がとても多い。安保理はダンジョン対策とある程度の治安維持さえできていれば、軍閥の支配地気における横暴には目を瞑ってしまう。ラエーニャ先生も国連軍に属しながらも自前の勢力を持つ軍閥の一人なのだろうか?
「…あんたのドライさはもはやサイコパスにさえ感じられるんだけど…自覚ある?」
『あなた以外の人間など駒でしょう?そのような自明の理を今更言われても私には戸惑いしかないのですが?』
そんなことが自明だとされても俺が戸惑う。というかこの人にとって俺の存在っていったいなんなんだろう?この人の言い分を鵜呑みにするならば、祢々は俺の為に用意したようにさえ聞こえてくる。
「…そっすか、はは…」
『私は兵士としてその子を躾けたつもりだったのですが、何故かひどく懐いてしまって、正直困っています。いつも会うたびに抱き着いてくるのがむず痒かった。なるほど私は母親だと思われていたんですね…。昔ちゃんと違うと伝えましたし、その時に納得していたと記憶しているのですがね?まだ母親だと思われていただなんて気づかなかった…』
「子供心に配慮したんでしょ…はぁ…傷は浅い方がいいのかな…。変にこじれる前に先にカタをつけようか。祢々」
「ん?どうしたの?」
電話の間中祢々はずっと大人しくしていた。俺は祢々にスマホを渡す。
「ラエーニャ先生と繋がってる。ちょっと話してあげてよ。…こういうのは早い方がいいと思うからね…ごめんね…」
「ん?わかった変わるね。ラエーニャ?祢々だよ…」
そして祢々はラエーニャと電話で静かに会話していた。祢々の顔色はどんどんと浮かない色になっていく。
「…そっかぁ…ラエーニャはお母さんじゃなかったんだね。…正直それは知りたくなかった…ダンジョンで拾ったとか、そんなのとかどうでもいいよ…。ラエーニャがお母さんじゃなかったこと…それが…悲しいよ…ううっ…」
『ごめんなさい。勘違いさせていたみたいで…。ただその…私はあまり他人と深く関わることはない人間です。ですが…貴女の事だけは…私なりには…関わってきたつもりです。あなたには兵士としての役割を期待していますが…、個人の幸せにつながると思って新さんに預けたところもあるのです…。私には何物にも代えられない特別な人がいます。だからあなたに愛しているとは口が裂けても言えません。ですがあなたを可愛いと思ったことは沢山あります。ごめんなさい、これくらいの事しか言ってやれない私を許してください』
「…ぐすぅ…うん…わかった…わかったよぅ…ぐすっ!ありがとうね…ラエーニャ。いつもいつも面倒を見てくれて…!この間もそう。あなたがあたしのことをちゃんと見ててくれたからチエミ先輩を助けに行けたんだもん…ラエーニャ…ラエーニャ…」
本当にこの子はいい子だと思った。はっきり言ってラエーニャ先生のやっていることには腹が立つ。でも祢々はラエーニャ先生の事を慮っている。だったら俺はこの子を労ってやりたい。そう思った。俺は泣き続ける祢々の事を背中からぎゅっと出来るだけ優しく、でも強く抱きしめた。
「うう…ああっ…うわああああああああああああああああああん!ああああああ!」
俺は祢々が泣き終わるまでずっと何も言わずに頭を撫で続けた。
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