第13話 三文芝居作戦!




 祢々の先輩であるチエミこと、藤代智栄美は窓もない部屋に閉じ込められていた。非番の今日は部屋でゆっくりと休めるはずだった。夜には同じ孤児院施設の後輩である祢々が顔を見せに来てくれるよていだったのだ。なのにこんなところに閉じ込められている。


「聞いたか?お前の後輩のピンクちゃんもとうとうウチの組に頭下げてくれることになったみたいだぞ?あんたのおかげだぜ?ありがとな!ひゃはは!」


「あいつは綺麗だからまずはAVで壊れるまで稼がせてもらう。それで心がダメになったらお前たちのお店に入れてやるから楽しみにしてろよ!嬉しいだろ?同じ施設の先輩後輩で仲良く働けるんだからな!そん時はあれだ!お前とあのピンクちゃんの3Pコースとか頼んでやるよ!ぎゃはっは!」


 ヤクザたちは下品に笑っている。猿轡を噛まされたチエミには呻き声しか出せなかった。この世界の理不尽が憎かった。祢々は施設を出た自分たちのことをいまでも心配してくれるようないい子だった。兵役で心が病んでまともに生活できない者たちの面倒を甲斐甲斐しく見続けていたのだ。そんな優しい子が今やヤクザたちの玩具になる。なのに声さえも出せない。誰も助けてくれない事が惨めだった。その時だ。


「うっす!ピンクちゃんが兄貴たちに詫び入れに来てくれました!部屋に案内してもいいっすか?!」


 部屋のドアの向こうから若い男の声が聞こえてきた。


「なにぃ!詫びだと?!」


「へい!それはもうたっぷりと!どうっすか?!どうせAVに沈めるんだし、ここは一つ味見なんてどうっすか!?」


 ヤクザたちはどこか浮ついたようにソワソワし始める。祢々の美貌はどんな男でも惑わせるもの。その体を好きに出来るチャンスが来たのだ。


「おいおいマジかよ…。うへへ。やべぇ…たまんねぇ…」


「俺の方が先でいいよな?」


「あ?おれの方が先だろ!」


 男たちはニヤニヤと何処か楽し気に語りながらドアを開ける。するとそこにはブレザーの制服を着た祢々と、柄の悪いスーツを着たサングラスの若い男がいた。


「ん?お前見かけない顔だな?」


「そりゃそうっすよ!まだ入ったばかりっす!この間兵役を終えて内地に帰って来たんですよ!そんで行く当てがない所を同じ部隊の先輩に拾ってもらって!でもそんなことよりピンクちゃん!連れてきましたよ!えへへ」


 若い男は祢々の肩を抱いて部屋の中に入ってくる。祢々は肩を抱かれて、恥じ入っているのか頬を赤く染めていた。このように男に触れられるだけで、頬を染めるような初心な女の子がこれから弄ばれることになる。チエミは必死に呻いて、ここから今すぐに逃げるように伝えようとした。


「いやあ。マジかよ!いいね!まじで顔だけはいいよな!この間はこいつに思い切りぶん殴られたしな!たっぷりとかわいがってやるぜ!」


「先に入れるのはじゃんけんで決めようぜ!ひゃはは!」


 ヤクザの男たちは銃を床に置いて、祢々に下卑た笑みを浮かべて近づいていく。


「ヤクザ共!残念だけど!この女の肌には誰にも触れさせねぇよ!」


 そう言ってサングラスの若い男は懐からハンドガンを取りだして、ヤクザたちの膝を撃ち抜いた。


「ぐはっ!いてぇぇええええぎゃあああ!!」


「ぐああ!!何してんだぁああ!!」


 ヤクザたちは撃ち抜かれた膝を抱えて床の上で悶え続けている。


「チエミ先輩!大丈夫?!今助ける!!」


 祢々はチエミの体を拘束から解放した。


「祢々?!どういうこと?!ここに連れてこられたんじゃ…?」


「違うよ。あいつはあたしの仲間!あたしたちはチエミ先輩を助けに来たの!もう大丈夫だからね!」


 サングラスの若い男はハンドガンを床に倒れているヤクザたちに向けながらスマホで何処かに電話をかけている。


「ラエーニャ先生。拠点を制圧し敵の排除に成功。無事ターゲットを解放しました。救急車と警察の手配をお願いします」


 若い男はサングラスを捨てて、チエミたちの方へとやって来た。


「怪我はないですか?」


「大丈夫です…あなたは祢々の仲間なの?」


「そうですよ。同じ部隊の仲間で丁嵐あたらしあらたといいます。チエミさん。お会いできて光栄です。祢々の家族なら俺にとっても家族のようなものです。今後はよろしくお願いします」


 何処か優雅な仕草でチエミと握手をする若い男にチエミは好感を抱いた。祢々を見ると何処か上気したような、それでいて誇らしげな顔で新のこと見詰めていた。


「男嫌いの祢々が懐いてる…?うそぉ…」


 そしてチエミは新と祢々と共にビルの外に出た。そこには多くの警察官がいて、入れ違いにビルへと入っていく。


「お疲れ様です。遠見のスキルで見てました。いい部隊指揮でしたよ新さん。楽しかったです」


 新たちのところへカップ酒を片手に持ったオレンジ色の髪にドレス姿の女が近づいてきた。一瞬ホステスか何かかと思ったが、その割には擦れていない空気感がその女にはあった。


「ラエーニャ…?なんでそんなおじさん臭いお酒飲んでるの?!」


「酔えればいいんですよ。酒なんて酔ってしまえば何でも味は変わりませんからね。お二人とも任務ご苦労さまです。人質も無事でしたし、この作戦は学園の成績としてカウントすることを正式に認めます。危険手当もきちんと出ますよ」


「それは良かった。じゃあ後の処理は警察にまかせてもいいですか?チエミさんを念のために救急車にお任せしたいんで」


「どうぞご自由に。新さん、今日は楽しかったですよ。でも今度は二人きりの夜にしましょう。ではまた…」


 オレンジ色の髪の女はそのまま近くに停めてあった黒塗りの高級車に乗って去っていった。そしてチエミは救急車に乗せられた。


「祢々。わたしなんかの為に本当にありがとう…ありがとう!」


「ううん。あたしも良かったよ!無事で本当に嬉しいの。良かったの!それにお礼ならアラタにいってあげて。あたしだけだったらこんなこと出来なかったから…」


「新さん。本当にありがとう。祢々と一緒に助けてくれて本当にありがとうございました。おかげでこの世界を恨まずに済みそうです」


「それならよかった。あなたが無事なら祢々も笑える。頑張った甲斐がありましたよ」


 新は人を安心させるような微笑みを浮かべている。信じるに値する男だとチエミは思った。このご時世では滅多に逢えないようなダイヤモンドよりも価値のある男が可愛い後輩の祢々の傍にいる。これほどうれしいことはなかった。アラタに手を振ってから祢々は救急車に乗り込んだ。救急士がチエミを介抱し、ベットの隣に祢々が座り、その手を握った。


「良かったね、祢々。あなたの隣には素敵な人がいるんだね」


「…うん。あたしの隣にはアラタがいるよ。だから毎日が楽しいの」


「そっか。その出会いは大事にしなさい。あなたはあたしみたいになっちゃだめだよ。信じられる人と一緒に戦い抜いて…戦争はとっても怖い場所だったから…」


「うん。大丈夫。あたしは大丈夫。もう大丈夫だからね…」


 そして二人を乗せて、救急車は病院に向けて走り出した。アラタは救急車が見えなくなるまで、手を振り続けていた。


「ふぅ。なんとかなったな。ふぁあ。いい加減眠いや。帰ろっと」


 新はあくびを一つして、現場から去った。事件はこうしてクローズしたのであった。


 





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