第36話 ステータスシステムの真実

 斬られて熱くなっていた体がしんしんと冷えていくように感じられた。指の一本も動かせない俺は湖の底へと沈んでいく以外の事が出来なかった。祢々は大けがを負って動けなくなった俺の事を見捨てずに背負ってくれていたのにこんな結末はあんまりだと思う。俺の命が失われることよりも祢々が頑張ったことが報われないことの方がずっとずっと悔しかった。


『そうよ。あなたはまだここで終わってはいけないの。あなたを待っている人がいるから』


 水の中なのに声が聞こえた気がした。麗しい女の声。でも俺はその声を知っているような気がした。


『この世界の玉座は空のまま。誰かがそこに座ることを人々は待っている』


 誰かが俺の頬を撫でているような気がした。それは柔らかく、なのに冷たい。


『皆が玉座を押し付け合っている。だってみんな知っている。玉座の上には剣が吊るされてる。王の命を奪ってやろうと手ぐすね引いて見守っている』


 そうだ。その剣の冷たさを俺は知っている。今俺の頬を撫でるこの手よりもずっとずっと冷たいその刃の痛みを。 


『卑しき人民は聖なる王を選んだ。そしてすべての事が終わったら王を贄とし世界を恙なく廻し続けようとした。だから聞きたいの。あなたはそれでも、もう一度玉座に座りたい?』


 玉座に座ることの重み。責任。栄光。そして痛み。


(そうだね。俺はもう一度座ることにするよ。そうじゃないと俺の大事な人たちを泣かせることになってしまうから。他の誰かにその役割を押し付けることはできない)


『…わかったわ。ごめんね。あなたに王様以外の生き方を与えてあげられなくて』


(気にしなくていいよ。俺は自分の意志で王様をやり遂げてみせるからさ)


『ありがとう…アラタ…。…サブジェクトランク第1位・女王クイーンリージェントの名の下に、あなたの重祚を承認いたします。お帰りなさい陛下。…いつかまた会いましょう…』


 そして彼女の気配は消えてしまった。だけどもう大丈夫。


(ステータスオープン)


 俺の周囲に数多のウィンドウが開く。


(ステータスシステムのピープルモードを現時点でもって終了。キングダムモード起動。すべてのアカウントから主権を剥奪。我が手に統治権を返上させろ。サブジェクト!!)


 そしてステータスシステムから俺の体に向かって力が流れ込む。そして俺を中心に閃光を放ってそれは大爆発したのだ。








 祢々は両手で顔を覆って泣いていた。そこへ美作が笑みを浮かべて近づいていく。


「死んだぞ。お前のことを縛るあいつは死んだぞ!祢々!あいつは死んだ!だから俺を!」


「近づかないで!!」


 桜色のオーラを宿した手刀を作り、祢々はそれを自分の首に押し当てた。


「お前なんかに汚されて生きるくらいなら今ここで死んでやる!お前如きが王になっても何も思い通りになんか行きっこないって思い知ればいいのよ!」


「やめろ!早まるな!俺はこの世界を支配するんだぞ!俺と一緒なら最高に楽しい人生を歩めるんだぞ!なんでそれがわからない!」


「あたしは世界が欲しいんじゃない!この世界でアラタと楽しく生きたかったの!もうそれも果たせない!お前が奪った!悔しがりなさい!あたしが欲しいんでしょ!あたしの体が!心が!愛が!悔しがれ!一生後悔しろ!お前なんかにあたしをくれてやるもんかぁ!!!」


「やめろぉおおおお!!」


 そして祢々は手刀を自身の首に振り下ろそうとした。その時突然、湖が閃光と共に爆発し、水が大きな柱となって吹き上がった。祢々はその尋常ではない事態に手を止めてしまった。そして祢々と美作の周囲に雨のように湖水が降り注ぐ。そして祢々は湖の上に誰かが立っているのを見つけた。


「…水の上に人が立ってる…うそ?!アラタ?!アラタなの?!」


 それは間違いなく新の姿であった。周囲に紫色の光が舞っている。その姿に祢々は不思議と首を垂れたくなるような威厳を感じ胸が高鳴った。


丁嵐あたらし!くそ!生きてたのか?!何かのレアスキルを持ってたのか!?だからいつも偉そうだったのか!?くそ!【鑑定】!」


 美作は鑑定スキルを使用し、新の状態を調べようとした。だが美作の目の前に【不敬罪への該当行為につき、『鑑定スキル』発動の強制停止】というステータスウィンドウ表示が現れる。


「なんでだ!なんで調べられない?!なんなんだよ!お前はFランクの雑魚だろう!なんで調べられないんだよ!俺は今やSランクだぞ!お前よりも遥か高みにいるのに!!見ろよ!ステータスオープン!!」


美作 凱斗

Mimasaka Kaito

subject RNAK 2345667721th

LV 100

SP 10000



攻撃力 100

防御力 100

敏捷力 100

感応力 100


保有スキル


ダンジョンサブコア 【ランク測定不可能】

『説明:聖なる王権を証明する玉璽を守る礎。お台場ダンジョン40階より採取』

『効果:所有者にダンジョンの力を付与する』


総合ランク S


 祢々はそのステータスを高さを見て絶望で顔を歪める。


「アラタ!逃げて!美作にはあたしたちじゃ絶対勝てない!逃げて!こいつはあたしに執着してる!アラタだけなら逃げられるよ!!」


 そしてその祢々の驚きに満足しているのか、美作は誇らしげに笑う。


「どうだ!見ろ!この圧倒的ステータスを!!ダンジョンコアを手に入れて強化されたこの俺が今や世界最強のチートなんだよ!お前ではどの道、俺と戦ったところで勝てやしないんだぁ!!あーははは!」


 美作は手に入れた力を新に向かって必死に誇示していた。その姿は祢々の目にはひどく無様で嫌悪を催すものにしか見えなかった。対して新は静かでありながら威容ともいうべき落ち着きがあった。


「そうか。手に入れた玩具がそんなに自慢か?だがそれはお前の血肉ではなく、ましてや天賦の才覚や修練の果てに手に入れた誇りでもない。そうだな確かに卑しいチートずるに過ぎない」


「ずるだと!違う!俺の力は俺だけのすごい力なんだよ!!最高のステータスだ!!皆が羨む最高ランクの力だ!!」


「だがそれは自分のうちから湧き出たものを磨いたわけじゃない。どこからか零れ落ちたものを拾って自分の物だと言い張っているだけ。それは罪人の道徳に過ぎない」


「お前もどうせ俺に嫉妬してるんだろう!ずっと最低ランクを彷徨ってたもんなあ!!今や俺はステータスランクSの最強の英雄!この世界の王!ステータスシステムが俺を王様だと証明しているんだ!!」


「なるほど。お前のよりどころはステータスの高さか。くくく。ステータス!ステータス!ステータス!くははは!くだらない!そんなものをありがたがるのか!くはは!あーはははは!!」

 

 新は高笑している。心底楽しそうに、そして美作への侮蔑を一切隠さないような冷たい声で笑い続ける。


「何がおかしい!この世界じゃステータスこそがすべてだろう!ランクこそが絶対の指標だ!!ランクが高ければ高いほど偉いんだよ!」


「否!断じて否!お前は根本的に勘違いしている!ステータスとは指標だ!そう!この世界の人々すべてに与えられた指標、基準、そして道しるべ!そして法なり!だが道徳ではない!ステータスの数値は人の品位を定めるものでは決してない!人の価値を決めるのは行動その一点のみだ!成しえたこと!創り上げたもの!そして他者への優しさこそが人の価値を定めるんだ!!」


「そんなの力のないお前の屁理屈だ!力のあるものに人は従うんだ!!力のないFランクのお前はここで死ねばいい!!祢々の前で無様に死ね!!Sランク奥義!覇神洸波斬!!」


 美作は剣に禍々しい光の波動纏わせて、新に向かって放った。


「アラタ!避けてぇ!!」


 祢々は必死に叫ぶ!だが新は微動だにせず、涼しい顔のままだった。


「ステータスオープン。勅令を発布!遠距離型剣技スキル『覇神洸波斬』の設定を変更。威力ランクをSよりFに変更」


 そして新は迫ってくる光刃を手で払う。すると光刃は粉々に砕けて消え去ってしまった。


「なんだと!?Sランクの剣技だぞ!それもダンジョンサブコアで強化した最強の一撃なのに!?」


 あまりにも常識外れの出来事に美作は驚愕を隠せなかった。そしてどこか恐れのような視線を新に向けてしまっていた。


「何度も言ってるだろうが。俺にスキルなんて効かないとな。そう効かないんだよ。そもそもお前は勘違いしてる」


「勘違いだと?!」


「そうとも。ステータスもスキルもみんな当たり前の物だと思っている。だけど忘れたのか?これは人類に対して誰かが与えたものだとね。ステータス。そうさ。言葉がすべてを示してる。地位や能力ステータス。それは誰かが決めた基準で表される仮初の力に過ぎないってね。お前は誰かが勝手に作った都合のいい基準で定められた力にたまたま適合していただけに過ぎない。だからお前は駄目なんだ。ステータスとは与えられたもの。お前のものではないという事実に目を背けているのだから」


「ステータスシステムはこの世界のルールそのものだ!」


「そうだ。ステータスシステムはルールそのもの。ルールに従うものには力を与える便利なシステム。だがそれは神や世界なんていう人民にとって都合のいい存在が与えてくれるものじゃないんだ。ステータスオープン」


 新の周囲に複数のステータスウィンドウが現れる。その一つに『美作凱斗』の名前と顔写真がついたプレートがあった。


美作 凱斗

Subject-ID 2153235566

LV 15


【強化前ステータス】


攻撃力 51

防御力 53

敏捷力 52

感応力 43


保有異能


なし


保有スキル(非異能系スキル)


剣術 Dランク



 そこにはシステムによる強化前の素の能力値があった。


「何のコメントも出来ない程度の力だな。平々凡々。せめて非異能系スキル欄に努力の痕跡でもあればいいのだがね。それもなし。話にならないな」


 新は美作の素の能力を鼻で嗤っていた。


「鑑定能力なのか?!それがお前のチートスキルなのか?卑怯者め!」


「これは鑑定スキルではない。そもそもスキルではない。これはシステムの仕様そのものだよ」


「仕様だと?!そんな話聞いたことがない!」


「ステータスシステムと契約した全ユーザーのアカウント情報を閲覧する権限が俺にはあるんだ」


「閲覧権限?そんなものあるわけが」


「まだわからないのか?ステータスシステムの真実が。では見せやろう。都合の悪い事実って奴を!ステータスシステムオープン!王の名の下に勅令を発布!subject-ID 2153235566のアカウントを凍結!対象サブジェクト臣民を我が王国の保護下より追放処分とする!!」


 新はステータスプレートに自身の名前である『新』をサインする。すると美作の体が一瞬光を放った。


「ぐはっ…なんだ今の痺れるような不快感は…あれ…お、重い!!」


 美作は持っていた剣をその場に落としてしまう。さらに地面に膝をついて蹲ってしまう。


「何でだ!何で鎧が重いんだ!剣が持ち上げられないんだ!!なんでぇどうしてぇ!!」


 必死に身を動かそうとするが、鎧が重すぎて美作は身動きがとれない。そして美作の目の前に真っ赤な色のステータスウィンドウが現れる。


【Subject-ID 2153235566 美作凱斗 不敬罪と反乱罪により臣民サブジェクトとしての権利を剥奪。ステータス付与の停止処分とする。異議がある場合は判事ジャッジへの申し立てを行うこと】


「なんだよこれ!おかしいじゃないか!ステータスが使えなくなるなんてそんなことありえない!ありえないぃ!!」


 美作が体を動かせなくなったのはステータスシステムによる身体強化が停止されたためであった。剣も鎧も普通の人間に扱えるような代物ではない。


「最初からこんなものを信用するお前が悪いんだよ。最初から書いてあるだろう?サブジェクト支配対象とね」


「丁嵐新…何でこんな力が使えるんだよ…いったいお前は何なんだよ…!」


 目に涙を貯めながら美作は体を震わせていた。


「俺か?俺は人類に世界の危機と戦える力『ステータスシステム』を与えた者。お前たち規律なき人民を治める…王様だ」


 そして新の瞳が紫色の光に染まる。それはまさに王権を示す誇りの色だった。



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