第35話 そして彼女の陰謀は成就する

 リリハたち特戦群と千晶たち救助志願隊は40階に到着してすぐに異変に気がついた。森には火がつけられウォーロード達がモンスターと激しい戦闘状態に陥っているのを目撃した。リリハはこの混沌とした状況下で新と祢々を森の中から捜索することを断念し、美作を殺害することで新たちへの脅威を取り除くことを優先することにした。予め手に入れたマップデータをもとにし、彼らは美作の拠点である城へと奇襲をかけたのだ。千晶はリリハの指揮する美作の暗殺を担当するチームに編入し、彼女の補佐役についた。隠密行動スキルを駆使して彼らは城の中を進む。


『鶴来三等陸曹。地下のエネルギー炉を制圧しました。これがどうやらダンジョンの外のモンスターへのエネルギー供給を担っているようです。破壊準備は整っています。いつでも吹っ飛ばせます』


 モンスターを排除しながら通路を進むリリハと千晶隊は地下の重要施設を特戦群の部隊が確保したことをステータスシステムの通信で聞いた。城の内部にはステータスシステムへのジャミングがなかったのだ。リリハは内心でつくづく美作の行動計画の甘さに指導者としての資質が根本的にかけていることを確信した。


「了解。指示があるまで待機。もしウチら美作暗殺班と連絡が途絶した場合は、施設を爆破して城から離脱すること」


『わかりました。ご武運を!』


 そしてリリハたちは美作がいるであろう玉座の間の扉の前へと辿り着いた。大きく煌びやかな扉だったが、どうにも下品としか思えない意匠にリリハには感じられたのだ。それは横にいる千晶にも同じだったようで、扉を見ながら鼻で嗤っていた。


「教養がないよね。まるで路上でオラついてるヤンキーみたいなセンス。ちっとも濡れないなぁ。はは、ダセェ。じゃあ突入するよ!千晶くん!」


「うっす!おりゃあ!」


 千晶は槍で鍵穴を突いて破壊し、そのまま蹴破る。そして別の仲間が玉座の間に向かってスモークと閃光手榴弾を投げ込む。激しい閃光と爆音が響き渡る中にライフルを構えたリリハと特戦群が突入し、その後ろから千晶たち士官候補生が続いた。


「…あれ?誰もいない…?」


 スモークが消えて、部屋の隅々を見渡しても美作の姿は見えなかった。


「リリハ先輩…あそこ…!」


 千晶は何かに気がついて部屋の隅のバルコニーを指さし驚いていた。そこには黒いドレスに黒いベールを被った一人の美しい女がいて湖の方を見詰めていた。その格好にはまるで葬式のような不吉な印象があったのに、ベールから透けて見える顔には何かに陶酔するような不思議な色気があった。


「オリヴェイラ准将?!なんでここに?!」


 リリハと千晶は玉座の間からバルコニーに出た。


「おや。ずいぶんと早かったですね。さすがは特戦群の皆さん。褒めてあげますよ、鶴来つるぎ候補生。丁度いいタイミングにここに来れた。あなたにはやはり素質がありそうです。ミニスター足りえる才能がね。あなたは王の傍に侍る資格があるようだ」


 ラエーニャ・オリヴェイラはリリハを見ながら何処か楽しそうに笑った。本気で褒めているようだった。それがリリハにひどく癪に障った。刀を抜いてその切っ先をラエーニャに向ける。


「何を訳のわからないことを!オリヴェイラ准将!ここにいるってことは今回の騒ぎはあなたが糸を引いているってことですか!?そのせいでアラタっちとネネちゃんが大変な目に合ってるのに!!」


「はい。私が美作にサブコアのことを教えて煽りました。いい道化をやってくれましたよ。素晴らしい仕事でした。見事に新さんと祢々を追い込んでくれた。ほら御覧なさい。まさに今!あのお方は死ぬのです!!」


 城から湖を挟んだ反対側の湖畔にラエーニャは顔を向けた。リリハたちも釣られてそちらへと目を向ける。異能の力で強化した二人の視界には美作がボロボロの新を湖に投げ込んでいる姿が映った。そして新はそのまま湖に沈んで浮かび上がっては来なかった。


「アラタ?!そんな!嘘だろ!嘘だ!アラタ!」


「いやぁああああ!アラタくん!アラタくん!そんなぁ!いや!いやぁあああああああ!!」


 そのあまりにもショッキングな光景にリリハは持っていた刀を落としてその場にへたりこんでしまった。あまりの動揺にメイクスキルも解除されてしまい派手だった髪の毛も黒髪に戻ってしまった。そしてその場で激しく泣き出してしまう。


「オリヴェイラ准将!どういうことなんだよ!あんたはアラタのことをずっと贔屓してたじゃないか!なんで!なんで!あんたは笑ってんだよ!!あいつが死ぬのがそんなに嬉しいのかよ!!」


 槍の穂先をラエーニャに向けて千晶は怒り狂って怒鳴る。だがラエーニャはただただ微笑んでいた。


「これは必要なことですよ。王が帰ってくるのです。王様がこの世界に。そのためには命を捧げなければいけないのです。王様はね。世界に命を捧げてはじめてなれる崇高なる使命なのです。命を捨てて世俗の穢れを捨てさり、聖なる高みへと還るのですよ。そこに悲しみはない。あるのはただ喜ばしき報せだけ」


「ふざけんな!アラタが何か悪いことしたって言うのかよ!!あいつはお前の意味不明な妄想に付き合わされて死んだって言うのかよ!そんなの許せるわけが!」


「どうせすぐにわかりますよ。あなた方規律なき人民が主権を返上する日が来たのです。そう。すべてはあのお方の手に還る。彼がこの世界の統治権を総攬する。そしてすべてをサブジェクトするのです!」


「ごちゃごちゃうるせぇ!お前はここで逮捕する!世迷言は軍法会議で宣えばいい!!うおおお!!」


 千晶はラエーニャを拘束しようと槍を振るう。だが彼女は微動だにせずに千晶を指さして。


「ステータスオープン。陛下の名代として戒厳令を発令。Subject-ID:1432194505 Yamanashi Chiaki のステータス強化補正の一時停止。スキル『デバフセット』及び『自縛』スキルの付与」


 ラエーニャに迫る槍は彼女の目の前で止まってしまった。それどころか千晶は体を微動だに動かせなくなってしまった。


「…っぐ…動かねぇ…」


「続けて戒厳令を適用。同様の処理を半径1000m以内のすべてのサブジェクトに対して処置」


 動けなくなったのは千晶だけではなかった。そのあとすぐに玉座の間にいる自衛官たちも士官候補生隊もみな同じく体を動かせなくなってしまった。


「あなた方はそこで黙って見てなさい。王様が帰ってくるその喜ばしき瞬間を!」


 そしてラエーニャはバルコニーからまるで煙の様に姿を消した。

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