第19話 ギャルにバブみ!
日曜日は絶好の稼ぎ時だ。バイト先のホテルでは休日のテンションでチップを弾んでくれる優しいお客さんであふれかえる。だけど今日の俺は接客ではなく、リーダーに頼んで裏方の仕事をやらせてもらうことにした。あの後祢々に電話やメッセージアプリで何度も呼び掛けても連絡は返ってこなかった。そのことにひどくナーバスになってしまう自分がいて、あの子の事がすごく自分の中で大きくなっているのがよくわかったのだ。
「アラタっちまじでテンションひくーい!まじ激萎えサゲチンモードじゃん!きゃはは!」
士官学校の先輩である
「サゲチンとかいうのやめてくれないかなぁ…。はあ。でも確かに俺ってサゲチンだよな…」
リリハ先輩は映像投影系スキルを使って爪にARネイルを被せて遊んでいた。ARネイルは本物と遜色のない見た目を提供するが実物のネイルではないので、指の稼働に制限をかけない。剣を握ったり銃を持ったりしても邪魔にならないから軍務にもってこいなオシャレスキルなのだ。ネイルを見ながらリリハ先輩は俺に向かって問いかけてきた。
「ネネちゃんとなにかあったん?昨日女子寮に真っ青な顔して帰って来たんだけど?もしかして初エッチに失敗したとか?お姉さんが教えてあげようか?ウチは童貞君の相手もめっちゃ慣れてるよ!あはは!」
「そういうのじゃないです。そういうのじゃ…」
俺はそれ以上の事を話したくなかった。俺がここで祢々のことをこの人に相談してもどうしようもないと思った。
「ウチの35人目の元カレが言ってたんだけどさー。『アラタっちってまじで水臭いっしょ!とりあえず報連相しようぜ』ってマジで心配そうに言ってたよ」
「俺はあんたの元カレと知り合った記憶が欠片もないんだけど?」
「え?ウチの元カレのこと気になっちゃう?!」
「俺は器の広い男目指してるんで、女の子の過去は気にしないようにしてるんです」
「ウチは気にされたいけどね。傍に居る人にはウチがどんな人間か気にして欲しい。ウチがどうして元カレ100人作ることを目指すことにしたのか知って欲しい…」
「そんな狂気染みた目的の真意はぶっちゃけ知りたくないなぁ…」
リリハ先輩はそれはそれはヤリまくりなギャルとして学校では有名だ。とくに『神待ち』と呼ばれるレアスキルを持っていることで有名なのだ。このスキルを持っている女とのセックスはすさまじく気持ちがいいらしい。何でもこのスキルは『男性の家に安全に泊まれる確率を因果レベルで操作できる』という効果を持ち、さらに『セックスで自他ともに極上の快楽を得ることが出来るようになる』そうだ。よく先輩は俺にステータスプレートのこのスキル表示を自慢してくるのだ。なおこの人の『神待ち』スキルのランクは『V』である。本人はヴィクトリーのVだと主張している。だがこの間ラエーニャ先生にふっとこの話をした。ラエーニャ先生は学校で一番ステータスシステムについて詳しい。カウンセリングの仕事で一番多いのはステータスの伸ばし方やビルドのコンサルらしい。その先生が言っていたのだが、『『神待ち』スキルは自動発動型の対男性魅了系スキルの一つです。いわゆる家出娘に宿ることが多いスキルなのですが、男性の家を渡り歩くときに安全を確保するためのスキルなのです。このスキルを持っていれば男性からDVを受ける可能性は大きく減ります。基本的にランクが上がるごとに効果は強くなりますが、例外として処女に宿ってしまった場合ランクがVとして特別に処理されるのです。VはヴぁーじんのVです。この時は自身の貞操を最優先して守るスキルとして機能します。男性と同じ部屋にいても、性的被害に遭わずに済むような加護として機能するのです。え?あの娼婦みたいな恰好をして歩き回っている鶴来候補生の『神待ち』ランクはV?処女なのになぜふしだらな女であることを装うのですか?理解に苦しみますね…』とのことである。世間ではそれを最近流行りの処女ビッチと呼ぶのである。この人の口にする元カレ君たちもよく聞けば内容や設定が雑な事この上ないのできっと脳内元カレです。すごい切ない言葉だね、脳内元カレって。
「まあ冗談はさておき、ウチはネネちゃんの事心配してんだよね。あの子が美作達をぶちのめした事件覚えてるよね?」
「ええ。美作が祢々に言い寄って拒否されたとかって話ですよね」
「それだけじゃないよ。美作の野郎、気の弱い子にかなりひどいセクハラ行為を繰り返してた。ネネちゃんはそれを知って美作に抗議に行ったんだよね。まあ結果はあれだったけど」
「そうか…祢々らしいね…本当に立派な子だな」
「そうそうすごくいい子。ちょっと他人を気にかけ過ぎなくらいに優しすぎる子だと思うのね。だからウチはネネちゃんがアラタっちに甘え倒すの見てすごく安心したんよね。あの子って隙あらばアラタっちにスキンシップを仕掛けていこうとするような感じだったんだけどさ。外から見ると微笑ましかったよ。あの子は施設上がりで気を張って生きてきたところがあるからさ。きっと他人と触れ合うことが何よりも幸せだったはずなんだ。ほらさイチャイチャするのってやっぱり気持ちいじゃん?セックスよりもいいよねイチャイチャって」
ランクVの空疎なセックス体験談はともかく、あの子がやっていることを否定しない女性がいるってことが嬉しかった。クローラヴァー少将がやっぱりおかしいだけだ。
「でもさ。ウチはちょっとアラタっちにも文句が言いたいんだよね。アラタっちは女の子をスポイルし過ぎじゃないかな?何でもあげすぎだよね。マジで都合のいい男みたい。ウチの元カレにもいたよーそういう女の子のお願いとかなんでも叶えちゃうタイプ」
「なんか馬鹿にしてません?別に都合がいいっていうか、相手が欲しがるものを与えるのは当然の事ではないですかね?」
「欲しいものをあげるのは当然いいんだけどね。アラタっちがヤバいのって、めっちゃ強い男ってことなんだよね。マジで隙がちっともない。弱みがないよね」
「弱みを見せたら駄目でしょ。このご時世弱みを見せたらすぐに他人の食い物ですよ」
「他人相手ならそれでもいいよ。でも隣にいてくれる女の子にまでそれはどうなの?って言いたいんだよね。ウチの29人目の元カレが言ってたよ『アラタ君って完璧すぎて一緒にいると息が詰まりそうっす!自分なんて傍に居ても必要にされてない感じがして辛いっす!』って。ウチもめっちゃそう思う!アラタっちが一年の頃からウチはめっちゃ可愛がってダンジョン小隊に入れてみたり、自衛隊の特戦群に臨時で入れてみたりしたけど、全部ちゃんと結果を出したじゃん?後輩の軍人を育てたことは楽しかったよ。でもね…なんかこう女心としてはねどこか微妙。結果出してるからかっこよくは見えるんだけど…なんかこう…バブみがないよね!もっとウチにオギャって欲しかったし!」
この人は国連軍士官学校に来る前は自衛隊で下士官やってたっていう異色の経歴を持っている。今でも自衛官としての身分は維持されているし、自衛隊の特殊作戦群にも籍が残ったままだ。この人のコネで俺は自衛隊の特殊作戦群が行った作戦のいくつかに兵士として参加させてもらって勉強させてもらった。特に治安維持任務での対人戦闘経験は俺にとって大きな財産となっている。
「そういうのを女の子って一番嫌がるでしょ。弱い男は嫌いでしょ。甘える男なんて弱いんだよ」
「うん。女の子は弱い男は嫌いだよ。でも強い男が自分に甘えてこないことはもっと嫌かな。寂しいもん。自分なんてこの人からしたらいらない子なんだなって思っちゃう。そのくせアラタっちは女の子が欲しいモノなんでもくれちゃうんだよ。アラタっちが雑魚男なら貰うもんだけ貰ってとんずらこいちゃうけど、強い男の下から逃げたくなる女はいないのよ。だからずっと寂しいまま。花壇に水をやり過ぎて根腐れするような感じの愛がアラタっちの傍に居るってことだと思うの」
「…マジかよ…なんだそれ…祢々はそういうところも辛かったのかなぁ…」
俺は思わず額に手を当てて俯いてしまった。考えがうまくまとまらない。鶴来先輩の指摘がなかなかに俺の心にえぐく突き刺さってくる。俺はこうやって他人の前で悩む姿を晒してしまうのが嫌いだ。ダサすぎて恥ずかしい。かっこ悪いし、弱みみせて利用されるかもしれない怖さが不快なのだ。
「…いい…」
「うん?今何かいいました?」
リリハ先輩の口から何かぼっそっと漏れてきたのが聞こえた。先輩はソファーから立ち上がり俺の目の前までやってきて、俺の頭を胸元にぎゅっと抱き寄せた。
「やだ!かわいい!かわいいよぅ!アラタっちマジで可愛いんだけど!!やだぁ!まじあがるー!くうぅ!これがバブみってやつね!お腹の奥がなんかキュンキュンする!」
きゃきゃと黄色い声を出して楽し気なリリハ先輩に対して、俺はすごくどぎまぎして若干テンパってさえいたと思う。柔らかい胸の感触と甘い女の匂いはいやでも心を動かしてしまうのだ。
「いやぁ…これはなかなかいいね!アラタっち最初の対人戦闘で人を殺したときもちっとも動じてなかったのに、今こんなしょうもないことで凹んでんだよ!良いわ…これいいわ…今ウチめっちゃバブらせてる!あへぇ!」
抱きしめられたままで、リリハ先輩の顔を見上げると頬を赤く染めてどこかうっとりしたような様子だった。湛えた微笑には不思議と幸せそうな印象があった。そして同時にその笑みに俺は母性のようなものを感じてしまった。これがオギャるってことなのだろうか?このまま抱きしめられていたと思ってしまったのだった。
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