第31話 己が為の罪


 本能的恐怖と何よりもこんな下劣な人間にこうして膝を屈していることに惨めさを覚えて涙が止まらなかった。


「命令が無きゃこのままヤっちゃいたいんだけどなぁ…。なあ…傷物にしなきゃいいんだよな?」


「そうだよな。お股を傷物にしなきゃセーフだよな。くくく。裸の写真撮って黙らせておけば美作様にもバレやしないよな」


「だよな!何処で楽しもうかな?お口?お胸?手や足でもいいよな。やべぇ滾るぅ!」


 男たちは祢々を弄るための算段をつけ始める。そのことに今までに味わったこともないような恐怖を感じて体の震えが止まらない。


「アラタ…助け…あっ…」


 涙でぼやける視界に新の姿が映る。その顔には生気が一切ない。辛うじて呼吸があるだけであり、いつ死んでもおかしくない状態。


「…ごめん…ごめんアラタ…あたし…あたし…」


 何もわかっていなかった。そう誰の耳にも届かないくらいの小さな声でそう呟いた。


「やっぱりまずはお胸かな?おっぱい!おっぱい!やっぱり髪の毛と同じくらい乳首もピンクなのかなぁ?楽しみだぜへへ!」


 男たちは剣を地面に置いた。リーダー格の男が祢々の髪を引っ張って立たせる。そしてもう一人の男が祢々の胸元に向かって手を伸ばす。


「さて!じゃあおっぱいオープンタイムのお時間です!!」


「御開帳ぅうう!でででーん!ででん!…あれ…ピンクじゃなくて赤い…うぎゃあああああああああああ!!」


 男の手は祢々の胸に届く前に、宙を舞っていた。肘から先が綺麗に切断され、血が激しく噴き出していた。男は肘を抑えて地面を転げまわる。


「おい!どうした!なんで手が!…あれ…俺の手も…落ちてる?うわああああああああ!!」


 祢々の髪を掴んでいた男の手が地面にどさりと落ちた。リーダー格の男は手首から血を流しながら、地面に落ちた手を拾う。錯乱しているのか、切断された手首を切断面にくっつけようとしていた。


「くっつかねぇ!くっつかねぇ!!ヒールは!ヒールをかけてくれ!!頼む!くっつけてくれぇ!!」


 リーダー格の男は祢々に向かって必死に懇願し始める。だが祢々はその男の無様な姿を残酷なほどに冷たい目で見下ろしているだけだった。


「頼む!頼むよ!痛いんだ!すごく痛いんだよぅ!助けてくれ!助けて!助けて!ぎゃああ!」


 祢々は助けを求める声を無視している。


「あたしはなにもわかってなかった…。暴力ってこんなに痛いんだね…。やったわかったよ。自分の為に自分で決めて振るう暴力って本当に痛いんだって。誰かの為じゃない暴力って取り返しがつかないんだね」


「何を言ってるんだぁ!!いいから早く!早く手を!手を治してぇ!!」


「あたしは彼の隣に立ちたいの。だから自分の身くらい自分で守れなきゃ駄目。それにやっぱりメス臭いって、卑しいって、蔑まれることになってもね。やっぱり好きな人には綺麗な自分を捧げたい。うん。例え卑しくとも卑しくともそれでも体は綺麗なままでいたい。じゃなきゃきっといつか彼と交わった時に気持ちよくなれないから。そのためなら罪を犯して魂を汚しても構わない。…いまからそれを証明してあげる…お前たちの命で…」


 桜色のオーラが祢々の手に宿る。祢々は肘を切断されて地面を転げまわる男の方へと歩いていく。そしてその体を踏みつけて動きを止める。


「痛いんだ!頼む!謝るから!踏まないでくれぇ!許してくれ!頼む!頼む!」


 尋常ではない祢々の様子に感じるものがあったのか、男は必死に許しを乞い始める。祢々は何も言わずに男の首を左手で掴み持ち上げる。


「やめてくれぇお願いだ!許してくれ!唆されたんだ!美作に!俺は調子に乗ってただけなんだよぅ!頼む!許し…がはっ…」


 そして祢々はそのまま左手で男の首を捩じり切った。首から下はそのままどさりと地面に崩れ落ち、首はころころと転がってリーダー格の足にこつんとぶつかった。


「うううわあああああ!!うあああああ!!」


 リーダー格の男は雄たけびを上げながら後ずさって走り出す。だが桜色の光が男の足元をひゅっと通過し、男はその場で地面に倒れ込んでしまう。


「ぎゃああああ!あああああ!またぁ!また血がああああ!!!足がぁあああああ!!」


 男の両足は綺麗に切り裂かれていた。祢々の放ったオーラの刃によって切り裂かれたのだ。血だまりの中で男は祢々から逃げようともがく。


「いやだ!いやだ!こんなはずじゃ!軍人なんかじゃない!美作の作る国で権力者になって金も女も沢山手に入れて!!そうなるはずなのにぃ!!」


「そう。…つまらないし何よりダサいね。でもその程度の願いしかない人生だったなら奪っても心は痛まずに済みそう」


 男が顔を上げるとそこには祢々がいた。能面のような静かで冷たい顔をしていた。


「頼むよ…殺さないでくれ…」


「駄目だよ。お前はあたしに触れようとしたんだもの。あたしは好きな人以外には触れたくないの」


「触れていないじゃないかぁ!触れてない!できなかっただろ!なあ!やめて!未遂ですんでるじゃないか!!お願いだ!お願いだから!ゆるして!死にたくない!死にたくないんだぁ!!ぐぅ!」


 祢々は男を蹴って、体を仰向けにさせる。


「ひぃ!やめて!殺さないで…」


「駄目。お前はあたしの逆鱗に触れた。だからもう取り返しがつかなくって。なにより。もう遅い」


 そして祢々は男に向かって手刀を振り下ろす。オーラを纏ったその手は男の胸を抉り心臓を破壊した。男は呻き声さえ上げられずに即死してしまった。


「純潔の代償が二人分の命かぁ。あたしってそんなにお高い女の子になれたんだ…あはは…重いなぁ…ううっぅ…」


 祢々は胸を抑えてしゃがみこむ。自分が犯した罪を必死に堪えようとして自分の体を抱きしめる。


「でも…それでも…アラタと一緒にいたいの…アラタ…お願い…こんな悪い女の子でも…あたしの傍にいて…」


 祢々は立ち上がり新を肩に背負う。そして再び脱出を目指してダンジョン40階目指して走り出した。

 

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