第32話 遭遇の危機

 新を背負った祢々はとうとう40階に辿り着いた。40階は深い森が広がっているセーフゾーンである。だがいつもと違いフィールドにはモンスターが闊歩していた。


「何あれ…?お城…?」


 遠くの方に豪華なお城が見えた。その造形の成金的なセンスの悪さに思わず祢々は鼻白んだが取り合えず無視することにした。まずは教官たちが待機しているであろう小高い丘の上を目指した。


「…やっぱりだめなのね…」


 丘の上には休憩場を兼ねた小さな町がある。祢々はその町に一歩足を踏み入れてその惨状にすぐに気がついた。だがそこに生者は一人もいなかった。迷彩服を纏った教官たちが武器を手に持ったまま息絶えていた。他にもショップや宿屋や飲食店の店員なども無残に殺されていた。


「全部アラタが受けた傷によく似てる。美作の奴がやったのね…ひどすぎる…」


 下手人を思い浮かべて祢々の心に怒りの感情が強く湧き出てくる。だが今はそれにかまけてはいられない。すぐに町の中にある倉庫に向かう。それは緊急時に使用するために用意されているギルドの施設だった。祢々は扉を壊して中に入る。棚からとあるアイテムを探し出す。


「あった!高級品のポーション!これなら!」


 ダンジョンがこの世界に登場してから、医薬品は劇的に進化した。ダンジョン由来の素材から作られる薬はかつては不治の病とされていたものも簡単に治すことが出来る場合がある。その中でも高級品のポーションは外科的な傷の多くを簡単に癒してくれる薬として大変重宝されている。祢々は新の口の中にポーションを流し込む。さらに背中と両手両足の傷にもかける。


「…嘘…なんで?なんでぇ!どうしてぇ!!」


 確かに傷は一瞬治りかけたのだ。だがすぐに傷はぱっくりと開き再び血を滲ませ始めたのだ。やはりただの傷ではない。まるで呪いのように新の体を蝕み続けている。だが効果が全くなかったわけではない。少しだけだが顔色はよくなっていた。傷と戦うための体力は少し回復したように見える。祢々はそれを見て少しだけ安心する。そして棚から役に立ちそうなアイテムを集めてリュックに詰め込みすぐに倉庫を出た。


「こういう時のセオリーは…森の奥で息を潜めること…罠を張って救助が来ることを信じること…!」


 祢々は丘から降りて城のある反対側の森の中へと入り、その奥へ奥へと向かう。森の中にもモンスターは沢山いた。だが祢々は細心の注意を払って見つからないように木々の間を隠れるように歩き続けた。


「ここならいいかな?」


 かなり奥の方にやって来た祢々は、木々がうっそうと茂り、草が生い茂る斜面を見つけた。祢々は新を近くの木に横たわらせてから、その斜面をオーラを宿らせた手でトンネルを掘り進める。そして中にある程度の広さの空間をつくりあげて、その中に新の事を運び込む。斜面のトンネル出口周辺にネットで偽装を施し、さらに念を入れて周辺に匂い消しの薬品アイテムを撒いた。


「兵隊さんのサバイバル訓練が本当に役に立っちゃうなんて思わなかったなぁ…」


 祢々はトンネルの中に入って、新の体を抱きしめながら壁に背中を預ける。


「アラタ。絶対に守る。あたしが守るよ。だからお願い。目を覚ましてぇ…」


 新の頭を優しく撫でながら祢々は真っ暗なトンネルの奥でじっと息を潜めた。






 千晶たち士官候補生の志願救出隊とリリハたち陸自の特戦群はダンジョンを圧倒的速度で進軍し続けていた。お台場ダンジョンのトラップの癖をよく知っている特戦群は転送型トラップを効率よく利用して常人には考えられないほど早い時間で34階までたどり着いたのだった。


「リリハ先輩。これ見てください。美作の取り巻き達のビーコンが出てます。近くに三人いるみたいですね」


 ステータスプレートのダンジョンマップ上に美作の取り巻き達の姿が出ていた。どうやら彼らはステータスプレートとの敵味方識別の隠蔽を忘れていたらしく、千晶たちのマップにも表示されてしまっているようだった。


「バカみたいな連中だね。でも情報源は一つでも欲しい。今の美作がどんな力を持ってるのか見当がつかないのは怖いからね。捕虜にしよう」


「そうですね。それが…あれ?リリハ先輩。今この階に俺たち以外のパーティーが昇ってきました。…おいおい!?また増えた?!国連軍だけど…しかもなんだよこれ?!」


「どうしたの千晶くん。驚き過ぎじゃない?うちら以外の部隊が入ってくるのは別におかしくないよ。まあウチらと同じくらいのペースで上がってこれる練度がある部隊ってぱっと思いつかないけどさ」


「見てくださいこの表示!!確かに国連軍だけど日本のじゃないんです!ありえない!なんでこいつらがここに…?!」


「どれどれ…嘘…マジで…」


 ステータスプレートのマップに表示されていた名前を見てリリハは愕然とした。顔から血がさあっと引くのを感じた。



【お台場ダンジョン 34階】

【アクティブパーティーリスト *()内はパーティーリーダー名前】


国連軍士官学校日本校・救出志願隊 (月見里やまなし千晶ちあき候補生)


陸上自衛隊・特殊作戦群  (鶴来つるぎ百合華りりは三等陸曹)


ヨーロッパ国連軍・作戦統括局隷下対迷宮攻略特殊作戦開発隊 (シャールカ・クラーロヴァー少将)

オセアニア国連軍・司令部直属対迷宮戦術研究隊(レナエル・ルロア中将)

アジア国連軍・統合参謀本部直隷迷宮強行偵察隊(リーフェ・コーニング大将)

中南米国連軍・元帥府麾下迷宮攻略親衛隊(ヒメーナ・レイエス元帥)



 いずれも各地の国連軍が保有する対ダンジョンの特殊部隊ばかりだ。それもたちが悪いことにウォーロード達が直接指揮している。


「一体何が起きているっていうんですの…?なぜ痛客の皆様方がホテルを離れてダンジョンに…?わたくし胃が今にも破けてしまいそうですわ!!」


 リリハは思わずギャルメイクのスキルを解いてしまうくらいに動揺してしまっていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る