第21話 尽くすことの卑しさ
混ぜ混ぜが終わったコーヒーをルロア中将に手渡す。彼女はそれに楽し気に口をつけた。
「ああ、美味しい。…彼とよくこうして朝を迎えたことを思い出すのでありんす。わっちはわざとベットから出ないで彼がこうやってコーヒーを持ってきてくれるを待っていたのじゃ。それがわっちには嬉しかった。微かなわがままをちゃんと叶えてくれる彼の事がわっちは大好きだったのありんす」
カップを寂し気な目で見つめながらルロア中将はそう呟いた。だけどその語り口には愛おしい思い出を語る甘いニュアンスが確かにあった。
「その気持ちわかりますわ。わたくしの45人目の元カレはわたくしよりも早く起きて朝食を作ってくれる人だったんですけど。自分の為にしてくれることに愛おしさを感じて股キュンするんですよね」
元カレトークに反応したリリハ先輩が脳内元カレの話をしはじめた。
「アラタ…この少女は元カレの数が多すぎではないか…?これは世間的に見て普通なのでありんすか?わっちは一人しか男を知らんからおかしく感じるのだが、わっちが間違っておるのか?」
「その人がおかしいだけなんで気にしないでください…」
ルロア中将はリリハ先輩の元カレの数にドン引きしていた。世間的にはこっちが正しいんだよな。中将はコーヒーを飲み干して、カップをリリハ先輩に預ける。
「ふぅ。御馳走様でありんす。ああやわらかい…」
そして中将は俺の膝の上に頭を乗せて再び横になった。だけど目は瞑っておらず、俺の顔を真っすぐに見上げている。
「また寝ちゃう気ですか?起きて欲しいんですけど」
「まだいいだろう?もう少しくらいダラけたいのだ。ところでアラタよ。
リリハ先輩を指さしながらルロア中将はそう言った。その口調には何処か冷たいニュアンスを感じた。
「先輩は連れ回しているわけじゃなくて、仕事をサポートして貰ってるだけですよ。とても頼りになる素敵な女性ですよ」
「あらやだわ。わたくしを頼りにしてくれてるなんて。これからはいつでも頼って欲しいですわ。うふふ」
リリハ先輩はどことなく誇らしげに微笑んでくれた。この場についてきてくれているだけでもとてもありがたいしね。いつも俺にチャンスをくれるいい人だ。
「…そうかの?おい、そこの女。お主、サブジェクトランクはいくつじゃ?」
「中将。人のステータス情報を聞くのはマナー違反ですよ」
やっぱりこの人はわがままな痛客だった。スタータスの情報は同じパーティーとかならともかく赤の他人には開示しないものだ。それを聞いてくるのは敵対的行動だととられても仕方がないくらい無礼だと考えられている。
「ふむ。なるほど。マナーはもっともだ。だが気になるものは気になるのでありんす。そこの女。すぐにわっちに向かってお前のランクを言え」
「すみませんがルロア中将。わたくしも軍籍にあるものです。ステータスの開示には応じられません。わたくしのステータス情報を知りたければ、日本国連軍に正規の手順で申請していただきたいと存じます」
先輩は毅然とした顔でそう告げた。こういう度胸のあるこの人の態度が俺には好ましかった。
「なるほど。それはめんどくさい。一々申請をするのはだるいのでありんす。では仕方がない。サブジェクトランク4位の権限を発動。『スタータス・オープン』」
ルロア中将はリリハ先輩を指さしながらオープンといった。すると。
TSURUGI Yurika
Subject RANK 16th
LV 35
SP 35000
なぜかリリハ先輩のスタータスが開いたのだ。でも少し変だった。苗字は
「え?なんで?!なんでわたくしのステータスプレートが開くんですか?!それに改名した本名まで?!なんで?!」
「おや?やはりランクが高いのう。ふむふむ。まあわかっていたことではあったがのう」
そして中将の興味が失せたからか、すぐにプレートは消え去った。
「一体何したんですか?どうしてリリハ先輩のプレートが開けるんですか?」
「ラエーニャから聞いておらんのかえ?サブジェクトランクの一桁メンバーは二桁以下のアカウントのスタータスを自由に覗ける権限が付与されておるのでありんす」
そんな機能があるなんて知らなかった。ということは俺のスタータスも覗かれているということか?隠すようなことは特にないけど、それでも気分は良くない。
「バックドアみたいなもの…?というかなんでわたくしのサブジェクトランクを気にするのですか?」
「一々答えてやる義務などわっちにはないでありんす。だが強いて言うならば、わっちがこうしてこの
「別に…そんなのこと…」
「お主からはひねくれものの匂いがするのでありんす。すべてが真逆の捻くれ女。お前はアラタを世話しているように見えるが違うのぅ。絶対に違う」
「わたくしは先輩としてアラタ君のお世話をしています。その逆はありえません」
リリハ先輩から怒りの滲む声が響く。顔にもどことなく冷たい緊張感が見えた。堪えているが相当怒っているのは間違いない。
「期待しているのであろう?男に尽くすことで、同じもの以上の何かが返ってくることを期待しているのであろう?違うかえ?」
「…何を仰っておられるのですか?わたくしにはさっぱりわかりませんわ…」
「いいや。お主には尽くすことで相手からの返礼を期待する卑しさがある。大和撫子とは寄生者の別名であろう?慎ましく控えめなふりをして男から財を名誉を命を吸いつくすのがお主のような女の特徴だ。与えて与えて与えて、男が勝ち取ってきたものを横から掠め取る。アラタはその点素晴らしい男であったろう?与えれば与えるほど必ず結果を返してくれる。そしてその恩を決して忘れたりはしない。お主に必ず大きな何かを返してくれるでありんす。それをずっと期待している」
「違います!アラタ君に色々なものを与えたのはこの子が優れた素質を持っていたから!わたくしはただチャンスを与えたかった!先輩として後輩に指導を与えたかっただけ!ただそれだけ!それだけの!!」
「よかったのぅ。お主が学校の先輩で。だから女なのに男に何もかもを与えても、それには恋や愛などという甘くて恥ずかしい感情を疑われずに済む。お主はアラタに安全に尽くせる。失敗してもそれは恋ではなく愛でもないと言い訳できるからお主の心に傷はつかない」
「だから違うって言ってるでしょう!!」
「お前は安全なところから男の成長を搾取したがる卑しい女だ。鼻が曲がりそうだ。せっかくの寝起きが台無しでありんすよ。くくく、くははは!」
ルロア中将は俺の手を取って、自身の頬にくっつけさせてきた。
「本当はこうされたいのであろう?与えた分をこうやって返されたいのであろう?羨ましいと認めろ卑しき女よ。でなければお主に成長はないであろう」
「この…くぅ…!」
リリハ先輩は握りこぶしをプルプルと震わせていた。見ていてすごく可愛そうな気持になる。
「ルロア中将。先輩を侮辱するのはやめてください。この人はいつでも俺の面倒を見てくる素敵な人なんです。あなたの言葉は間違っている」
「くくく。そう思うのであればそう思っていればよい。だがこのような女は隣に置いておいてはいけないぞ。いずれこの女はお主に借りた覚えのない借金のような恩義の取り立てを要求してくるはずだからのう。母親のように慈悲深く接しているくせに、いずれは卑しい女になるのだ。これほどムカつく女もおらんよ。アラタよ。注意しておくがよい」
「ルロア中将!俺は先輩から貰ったものに感謝してる!例えこの人があなたの言う様に何かを取り立てようとするならばそれでもかまわない!なんだって返してやるさ!だからもうこの人のやっていることを責めないでくれ!この人は素敵な人だ!」
俺は必死に反論をぶつける。だけどルロア中将はどこ吹く風と言った様子で微笑を浮かべるだけだった。
「尽くす女をやるならばラエーニャくらいに猫を被らなければならぬよ。あれくらいに狂気を持たねばならぬ。そこの女。わっちはお主のような下手糞に尽くす馬鹿女が嫌いだ。だからこれは助言だよ。身の振り方を改めてアラタの下から姿を消すのだな。そうでなければ幸せになれぬよ。お主はかつてのわっちに似ているようにさえ見える。だからお前は必ず失敗するだろう」
リリハ先輩は唇を噛んで俯いていた。言葉の暴力が酷過ぎる。先輩は何も悪いことなどしていないのに、立場を盾に責め立てるのはフェアではない。もうこれ以上は食い下がれないのかも知れない。
「あなたもラエーニャ先生のことを口にするんだな。ラエーニャ先生の名前を出して俺の友人を傷つけるんだな!」
ルロア中尉は寂し気に笑って、俺の頬に手を伸ばす。俺の頬を撫でる彼女の顔には慈悲深い母親のような笑みが浮かんでいた。
「うむ。ラエーニャとは古い知り合いだからのう。恩人じゃよ。わっちを救ってくれた。よく覚えておるよ。いまでもね。…わっちは廓で産まれた。父は知らぬ。母は病で死んだ。いずれは母と同じく客を取って病になって死ぬものだと思っていた。あれは初めての客を取るはずの日だった。下卑た男たちの慰みものになることに諦めた日だった。…ラエーニャが手を引っ張ってくれた。わっちに伸びる男たちの手をラエーニャがすべて切り落とし、廓に火を放った。あの地獄はラエーニャがすべて斬り刻み、そして燃やし尽くした。ラエーニャはわっちに自由の夢を見せてくれた女。そして愛をチラつかせて叶えてくれない酷い女。愛した人の隣に立つことを許してくれない嫌な女…。伝言を頼むでありんす」
そして彼女は起き上がり俺に抱き着く。そして耳元で囁く。
「こう伝えよ。こう伝えるのじゃ。『わっちは彼に再び会う。わっちは今度こそ彼の隣にたつ。そしてすべてを与え合い分かち合うのだ。邪魔をするな祝福せよ。わっちの願いをそばで祝福せよラエーニャ』そう伝えよ…伝えて…アラタ…汝があの女に伝えて…」
ルロア中将の瞳は淡い紫の光に染まっていた。それには得も言われぬ寂しさが見え隠れしているように俺には見えたのだ。
「アラタ…伝えて…ラエーニャに…あの寂しい女に…」
そして中将は俺の右頬に優しくキスをした。痺れるような感触に寂しさだけ感じた。
「わっちは風呂に入る。2人はもう下がれ」
そう言って彼女は寝室から出ていってしまった。俺と先輩はお互いに何も言えないまま、片づけをしてペントハウスを後にしたのだ。
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