第22話 いつかの出会い
当時の俺は若く、まっすぐで純粋な心持ちだった。
それは同時に、未熟で繊細であるということ。そして、得も言われぬ不安を覆い隠すための無根拠な自信を纏っていた時期でもあった。
剣魔学院の初受験に落ちた時には、俺の人生終わったな、なんてことを本気で思っていたし、打ち砕かれた自尊心を守るため過剰に楽観ぶっていた節もある。たった一回受験に失敗したくらいじゃ終わるどころか始まってすらいないのに。
半ば自暴自棄になっていた俺は、祖父母に金をせびって一人旅に出ることにした。いわゆる傷心旅行。年頃の少年が考えがちな自分探しの旅ってやつだ。冒険の旅が何かを与えてくれるはずだと、そんなことを薄ぼんやりと考えながら、目の前の難題から逃げるようして故郷を去ったのだ。己の見聞を広めなさいと快く送り出してくれた祖父母には感謝の想いしかない。
だが、現実は厳しかった。
自然には数多の魔物が潜み、何度も命の危機に晒された。
大きな街では田舎者だと罵られたり、財布を掏られたりすることもあった。
何の後ろ盾も実績もない旅人を慮ってくれる人など両手で数えるほどだ。
遭遇し見聞きする全てが、思い描いていた冒険の旅とはかけ離れていた。旅に出れば何かが変わると信じていた俺の幻想は、ものの見事に打ち砕かれた。
だからといって啖呵を切って飛び出した故郷に舞い戻るのも恥だと思った。行き先などないまま放浪を続けるしかなく、俺の心身は枯れていく一方。
幼少のリーベルデと出会ったのは、そんな旅の途中だった。
路銀が尽き満足な寝食すらとらずにいると、行き倒れるのは当然。やっとのことで小さな山村にたどり着くも、俺の意識はぱったりと途切れてしまう。
そんな俺を助けてくれたのが、村の教会に住む老神父だった。
「ここは?」
「教会だ」
「えっと……?」
「感謝しろ。うちの子達がお前を引きずってこなければ、今ごろ魔物の餌になっている」
目が覚めた時の会話は大体こんな感じ。数日間も気を失っていたと聞かされて驚いた記憶がある。
ナナハ村は小村にも拘らずノヴィオレント教本部と強いつながりがあるようで、その教会は建物の大きさこそ控えめなものの、都市の大聖堂に匹敵する立派な佇まいだった。
教会は孤児院も兼ねており、十数人の少年少女達が神父と共に暮らしていた。幼い少女達は前触れなくやってきた旅人を遠巻きに眺め、少年達は自分より年上の、しかし大人でもない剣士に群がり戯れる。
無邪気な子ども達との触れ合いは、過酷な旅で渇いていた心に潤いを与えてくれた。
その日の食事を配膳してくれた少女。恥ずかしがりながらおずおずと、それでも礼儀正しく振舞おうとする態度に、しっかりした子だといたく感心したのを憶えている。今思えば、小さいながら修道女の装いをする彼女こそ、幼き日のリーベルデだったのだろう。
目を覚ましてからナナハ教会で過ごした時間はたった一日。それでも俺にとってかけがえのない時間であったことは間違いない。
どうして今まで忘れていたのか。十年という歳月で積み重ねられた苦悩とほんのわずかな栄光が、俺の中の原点を希釈していったのだろうか。それとも燃え盛る教会の炎が、目の奥に刻まれたおぞましい光景を灰に変えてしまったか。
あの事件の記憶は、今も定かではない。
転がった子供たちの死体の中、たった一人息があった幼い修道女。彼女を抱えて崩れ落ちる教会から脱出した。追手を撒いて森へ隠れた。少女を逃がし、剣を手に賊と対峙した。
残っているのは一瞬を切り取った断片ばかり。
だが、あの時の気持ちははっきりと思い出せる。
助けを求める者に手を差し伸べる喜び。恐怖を払いのける勇気。苦闘に挑む高揚感。
空虚だった自尊心が、確かな誇りに変わる瞬間を。
リーベルデとの再会には必ず意味がある。
彼女が俺を求めることは、決してわがままなんかじゃない。
ナナハ教会を包む豪火に飛び込んだ、あの時の俺になるんだ。
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