第46話 人に過ぎたる業

 俺とメローネは即座に武器を構える。

 リーベルデを守るように立ち、危険指定種に意識を集中する。


「魔王だって? ソル。キミはいったい……」


 まさか、ここで彼の口からその単語を聞くとは思わなかった。リーベルデとメローネはどことなく察していたようだが。


「フリード。入口が消えているわ」


 すでに階段室への塔屋がなくなっている。ここはダンジョン化の進行した空間だ。何が起こっても不思議じゃない。


「あなたの仕業ですか」


 リーベルデは臆さずソルに問う。


「だったらどうする?」


「ダンジョンの構造を操作したというのなら見過ごせません。それは人には過ぎたる力です」


「さすがは聖女様。まったく古臭い考え方だ」


 手元でくるくると剣を弄ぶソル。


「人間は常に進化する生き物だ。技術しかり、学問しかり、魔導しかり。永らく未知だったダンジョンへの造詣が深まり、人がダンジョンを御する力を得る時が来た。ただそれだけのことじゃないか」


「いいえ。いかに文明が進歩しようと、用いてはいけない業があるのです」


 ゆっくりと首を振り、凛とした声を放ったリーベルデは、聖杖で強かに床を叩く。


「あなたには、詳しくお話を聞く必要がありそうですね」


 短い会話の間に、俺はこの場の魔物を数え終えていた。

 ざっと三十。それぞれが異なった姿形をしている。全てがメガロ・リーコスに匹敵する危険指定種だ。押し付けられる重圧のせいでひどく息苦しい。


「フリードさん。彼を捕らえます。よろしいですね?」


「は」


「その魔物達は魔王の眷属です。用心してください」


「心得ています」


 リーベルデを守りながらこの数を相手にして、油断できるわけもない。 


「おっと。勘違いしてもらっちゃあ困るね。別にこの魔物どもはあんたらの為に出したんじゃない」


 ソルが指を鳴らす。

 直後、それまで微動だにしなかった魔物達が、八方に散って塔から去っていく。跳躍し、飛翔し、あるいは壁づたいに。

 危険指定種が、ダンジョン化しかけた空間を抜けて地上へと降りていった。


「アウトブレイク……狙いは学院か」


「そういうことだ。おっさん」


「お前も学院生だろう。何故こんなことをする」


「あんたには言いたくないね」


 悠然とこちらに向かってくるソルには、明確な殺意がある。

 パーティメンバーだった時のような、子どもの戯れじみた幼い悪意じゃない。


「フリード。やりにくいなら私が代わるわ」


「……いや」


 一瞬メローネの提案を受け入れそうになるも、俺は確固たる意志で否定した。


「俺がやる」


 正直なところ、俺はソルと戦うことを躊躇している。ひどい扱いを受け、パーティを追放されたとはいえ、俺にとって彼は半年間共に戦った仲間だ。


「できることなら傷つけたくはないが」


「ハッ。騎士に取り立ててもらって増長したかい? 安心しなよ。あんたじゃ僕にかすり傷の一つもつけられないさ」


 剣尖で床を削りながら歩くソルから、黒々とした魔力の波動が迸る。


「瘴気……? そういうことか」


 ソルが使っているのは、瘴気を操る業だ。瘴気とは異常なまでに濃縮した魔力。使いこなせば強力だが、自身や環境に与える悪影響は甚大だ。

 人に過ぎたる力というのも頷ける。


 リーベルデを守る為には待ちは悪手。攻勢あるのみだ。

 深く息を吸い込み、全速力で前に出る。

 一瞬で最高速に乗った俺の初撃は、いともたやすくソルの剣に受け止められる。


「へぇ。意外と冴えてるじゃないか」


 全力で踏み込んだ一撃だというのにビクともしない。体格も得物の重さも、こちらの方が優っているはずなのに。

 俺の動きが、完全に読まれていた。


「偉大なる魔王様から賜ったこの力。試させて頂くとしようか」


 鍔競り合いとなった状態で、ソルの剣が黒く発光する。濃密な瘴気を纏うその圧力に、俺はたたらを踏んだ。

 下がるわけにはいかない。


「ははっ! いいね! ちょっと瘴気を滲ませただけでここまで違うものか!」


 歯を見せて笑うソル。対する俺は歯を食いしばって吹き飛ばされないよう堪えるのがやっとだ。


「フリードさん」


 後ろからリーベルデの声。


「躊躇うことはありません。あなたの力を見せてください」


 その響きには、不安も恐怖もない。あるのはただ俺への信頼だけ。


「承知……!」


 俺はリーベルデの信頼に応えるべく、剣を握る手から力を抜いた。

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