第47話 真の力
「バカがッ!」
チャンスとばかりにソルが俺の剣を弾き上げる。鈍い金属音をあげて、俺の剣は屋上からどこかへ飛んで行ってしまった。
「お前ごときが僕に剣で勝てるわけないんだよッ! おっさん!」
ソルが吠え、剣を振りかぶる。俺が無手になったのを見て、あからさまに油断しているようだ。威力のみを考えた大上段。予備動作が大味すぎるんだよ。
「バカはお前だ。ソル」
振り下ろされた刃に、軽く握った拳を合わせる。
スキル『ハードパンチャー』の発動。
拳と剣がぶつかり合う。その瞬間、瘴気を纏ったソルの剣が音を立てて砕け散った。切っ先から柄頭に至るまで、すべて粉微塵と化す。
「なっ……バカなッ――」
唖然と口を半開きにするソルの胴体を、強かに蹴り飛ばす。
「ぐあっ!」
ソルは尻もちをつくも、すかさず立ち上がる。態勢の立て直しは素早く、追撃を暇を与えてはくれない。
だが、そんなものは必要ないんだ。この拳は、あらゆるものを真正面から打ち砕く。
「このッ! なめるなよ!」
ソルは反撃とばかりに魔法を構築する。フレイム・ボルト。初歩的な攻撃魔法だが、それ故に威力が高く使い勝手がいい。
至近距離から放たれた火炎の短矢を、俺は拳で打ち払った。それだけで、フレイム・ボルトはいとも簡単に霧消する。
「なんだよ、それ……!」
驚くソルの身体は、まだ瘴気を纏っている。
「そうか! あの時も、僕の剣を弾いたのはその拳だった」
今更気が付いても、もう遅い。
「スキル……! 隠していたんだな、おっさん!」
ソルの胸部に、握り締めた拳を叩き込む。
これが直撃すればどうなるか。考えるまでもない。ソルの肉体は跡形もなく消滅し、二度と元に戻ることはないだろう。
流石にそれは躊躇する。俺の拳は、ソルにぶつかる寸前で停止。彼の纏う瘴気だけを消し飛ばした。
「あ……」
同時に戦意も失ったソルは、ふらふらと後退し、再び尻もちをついた。
「そんな……僕が、こんなおっさんに、負けた……?」
呆然自失。先程までの威勢はどこへ行ったか、ソルは虚ろな目で俺を見上げる。
「魔王なんかに魂を売りやがって。馬鹿野郎」
決着はついた。
一連の騒動の下手人がソルなのだとしたら、俺達は大きな手掛かりを手に入れたことになる。お手柄だ。
ソルの瘴気が失われたせいか、この場のダンジョン化が急速に収まっていく。消えていた塔屋が現れ、青空は卵の殻が剥がれ落ちるように割れ、雨天へと戻っていく。
にわかに降り出した雨を浴び、俺は一息を吐いた。
「フリード。その子のことは私達に任せて、あなたはブレイクアウトに対応してちょうだい」
「わかった。リーベルデ様を頼むぞ」
「任せて」
メローネと頷き合うと、俺は勢いよく駆け出した。
「フリード! これを!」
メローネが腰の短剣を投げる。
俺は疾走中にそれを受け取ると、そのまま全力で跳躍。塔の頂上から飛び降りた。
地上では危険指定種が生徒達と戦闘を開始していた。突如現れた魔物に対応しているところを見るに、先日の襲撃から学んだことを活かしているのだろう。だが、やはり苦戦は否めない。
リーベルデの騎士として、一人の学院生として、ソルの元パーティメンバーとして、この混乱を鎮めなきゃならない。俺にはそれができる。その為に、分不相応な力を授かったのだから。
祭事塔の近くに、六体の危険指定種を確認。応戦している学院生は十数人。すでに負傷している者もいる。
俺は真っ逆さまに急降下し、戦闘のど真ん中に降り立った。流石にあの高さからの落下は身体に響くが、大きなダメージはない。
学生達の中には、突然降ってきた俺に驚いている者もいた。
「神聖騎士だ!」
学院生の歓喜とも興奮ともとれぬ叫びが響く。
「よかった! これでなんとかなるぞ!」
「でもあの人ってほら……! 十浪の――」
次の瞬間には、六体のうち半数の危険指定種が俺の短剣によって切断され、活動を停止していた。
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