第42話 乙女の執念

 フォルス教官が俺を一瞥する。

 おい、どういうことだ。そんな声が聞こえてくるようだ。


「それは、どういった意図のご質問でしょうか?」


 下手な回答はできないと踏んだのか、教官は即答を避ける。

 リーベルデはにっこりと笑み、ティーカップとソーサーを手に小さく首を傾げた。


「言わなければわかりませんか?」


 わからないだろ、普通。と言いたいのをぐっと堪える。


「彼を神聖騎士に登用するにあたって交友関係を調べられているのですか?」


「いいえ。まったくの個人的な質問です」


 またもや意表を衝かれるフォルス教官。

 ああもう。どうしてこんな時にこんな話になるのやら。

 俺は助けを求めてメローネを見るが、彼女は目を輝かせて何も言おうとしない。そのワクワク顔の理由がさっぱりわからない。


「私は戦闘教官であり、彼は学院生、だった。と言うべきでしょうか」


「そのような表面上の関係が知りたいのではありません」


「あの、仰っている意味がよく……」


「先日、フリードさんと二人でお食事をなさっていたでしょう? 私の目には、ただの教官と教え子、という風には見えませんでした」


 おいおい。そこまで突っ込むのか。

 リーベルデは柔和な笑みを浮かべているが、その裏には決して曖昧にしておくものか、という乙女の執念を感じる。

 教官も察したようだった。

 一瞬だけ得心したように瞬きした後、恨めしげな視線をこちらに送ってきた。


「こう申し上げると失礼にあたるかもしれませんが。彼はお世辞にも優秀な学生とは言えませんでした。浪人しているだけあって同級生と歳も一回り違います。他の学生に比べて目をかけてしまうのも仕方ないと、そう思っています」


「あくまで教官と学院生の域を出ないと?」


「もちろんです。私とて教育者。公私混同はいたしません」


 すっぱりと言い切った教官。他に言い様がないにしても、それはそれでなんとなく寂しいものがある。


「教官はこう仰っていますが。フリードさん?」


「はい」


 リーベルデの笑みを受けて、俺は無意識に居住まいを正した。


「概ね、フォルス教官の主張通りかと」


「ですが私には、ただの教官と学院生が二人きりで食事をする理由やきっかけが思い浮かばないのです」


 ちょっと待ってくれ。

 さっきまでの聖女然とした振る舞いは一体どこへ行ってしまったのか。

 年頃の少女はころころと気分が変わるものだが、どうやらリーベルデも例外ではないらしい。


「俺が教官をお誘いしたのは、これまでの感謝を込めてです。他意はありません」


「そうですか」


 教官の部屋で手料理をご馳走してもらったことには触れない方がいい。話をややこしくするだけだ。

 どこか納得がいかない様子のリーベルデだが、これ以上の追及はしないようだ。

 フォルス教官からは湿度の高い視線を向けられる。お前も罪な男だな、とその目は語っていた。


「リーベルデ様。僭越ながら申し上げますが……こういったことは私以外にはお話にならない方がよろしいでしょう。聖女の色恋沙汰は、世間に忌避されますゆえ」


「心得ています。けれどすべては、フリードさん次第」


 いやぁ。それは流石に自重してほしいぞ聖女様。

 俺にだって自由に恋愛をする権利はある。いや、ないのか? 境遇からしてリーベルデから離れられないからな、俺って。

 すでに外堀を埋められている気がする。


 こうなってくると、リーベルデのご機嫌取りも俺の仕事になりそうだ。

 そりゃやるけどさ。お姫様と召使いみたいにはなりたくないよな。


 魔王復活の一大事だというのに、聖女が色恋に現を抜かしていていいのだろうか。俺のせいと言われればそうなんだろうけど。

 俺の中にあった聖女と言う存在に対する印象が、少しずつ変わり始めている。

 いい意味でも、悪い意味でも。

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