第41話 動き出す事態
「詳しくお聞かせ願えますか」
教官の目つきが変わった。それまで凛然としていただけだった瞳に、鋭利な眼光が宿る。もうごまかしはきかない。
束の間の沈黙。
なかなか続きを切り出さないリーベルデに代わり、メローネが口を開いた。
「フォルス。今から話すことは、教会の機密事項に該当するわ。あなたにこれを教えるのは、私達の信頼の証だと、ちゃんと心得てほしいの」
「ご安心ください。女神アイリスの御名にかけて、決して口外は致しません」
「よろしい。リーベルデ様、かまいませんね?」
「……はい。お願いします」
リーベルデは俯いたまま悄然としてしまっている。感情の赴くままを言葉にしたことを悔いているのだろう。
聖女とはいえ、十代半ばの少女に変わりはない。精神的に未熟な聖女を支えるのもまた騎士の務めというわけか。
メローネは声量を抑え、説明を始める。
魔王の封印が学院にあること。旧校舎跡で魔王の眷属が出現したこと。そして、魔王がすでに復活を果たしていること。
すべてを聞き終えたフォルス教官は、驚くというよりは呆れかえっているようだった。
「ふざけた話ですな。教会は真実を隠蔽していたわけですか」
「私達の何代も前の世代から、ね」
「理事会はこのことを?」
「魔王の復活までは気付いていないでしょう」
つまり、学内に封印があるということは知っていたわけだ。
フォルス教官は目頭を押さえ、荒い溜息を吐き出す。
「魔王が封印されてから長い年月が経ちました。だというのに、誰一人としてこの真実を白日の下に晒す決断をしなかったとは。まことに遺憾です」
その中には、当代の聖女や騎士も含まれている。そういうニュアンスだった。
「人々が憂いなく、安心して暮らせるようにしたかった。というのは身勝手な考えかしら」
「偽りの平穏にいかほどの意味がありましょう。私に権力があれば、迷いなく真実を公表しますがね」
「フォルス」
「わかっています。お約束したからには、他言は厳に慎みますとも」
相変わらず実直な人だ。
先人の判断が正しいか否か、俺には分からない。ありのままを公表するには、あまりにも重大な問題だから。
「話を戻しましょう。魔王が復活したとなれば、尚の事チームを派遣するべきです。そもそも剣魔学院は魔王に対抗する人材を育成する機関。最精鋭は神聖騎士にも劣らない実力を持っています。五百年の歴史が刻まれた真価。今こそ問われるべきではありませんか」
教官の主張ももっともだ。
ここで立ち上がらなければ、何の為の学院かわからない。
「リーベルデ様。いかがです? フォルスの提言を採用してみては」
メローネに振られても、リーベルデは首を縦には振らない。
未だに迷っているようだった。
ここまで黙って聞いていたが、ここで一つフォルス教官に助け舟を出してみてもいいかもしれない。
「リーベルデ様。俺からも一つよろしいですか」
「ええ。フリードさんの意見も聞かせてください」
三人の視線が集まると、緊張で思わず咳払いが漏れた。
「先日の襲撃の影響で、世間は浮足立っていると聞きます。学院の精鋭部隊が動くとなれば、人々の不安を解消することにも繋がるのではないでしょうか」
「私達の動きを喧伝するのですか?」
「魔王云々を公表する必要はありません。解決に向けて動き出したというだけで人は安心するものです」
うーん、と唸るのはメローネ。細い顎に指を当て、憂いのある面持ちで俯いている。
「むしろ不安を煽ったりはしないかしら?」
「手をこまねいていると思われたら結局は同じだ。威勢よく解決に乗り出した姿を見せた方がいいと思う。リーベルデ様の威光があれば説得力も増すだろう」
そうね、と一言。それ以上メローネからの異論はなかった。彼女はリーベルデの内心を代弁しただけだろう。
「フリードさんは、シャルラッハロート教官のお考えに賛成なのですね?」
その声がどこか不機嫌そうに聞こえたのは気のせいではないだろう。
「はい。戦力の面から見ても、俺達だけでは不足かと」
魔王が復活したというのに、たった三人で事に当たるのは無謀に過ぎる。
「わかりました」
リーベルデが小さく頷く。
「この件に関してはシャルラッハロート教官に一任します。速やかに人員を選定してください。その後、再度打ち合わせを行います」
「承知しました。明日中には部隊を整えます」
聖女は決断した。
学院の助力を得て、魔王に対処する。合理的に考えればそれが最善だろう。目の前にある戦力を使わない手はない。
一度決めてしまえば、それまでの迷いや悩みはどこ吹く風。リーベルデは優雅に紅茶を含み、ほっと一息を吐いた。
「ところでシャルラッハロート教官。一つお聞きしたいのですが」
「は。私に答えられることならなんでも」
「フリードさんとは、一体どのようなご関係で?」
その質問に教官は戸惑い、メローネが小さく笑う。
大真面目な顔で何を尋ねるかと思えば。
話題の中心者となった俺は、壁際で立ち尽くすしかなかった。
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