第40話 招かれた怒り竜

 その日の夜。

 リーベルデの居室に招かれたフォルス教官は、さすがに緊張しているのか、椅子の上で背筋を伸ばし、膝の上に手を置いて固くなっていた。


「はい。どうぞ」


「ありがとうございます」


 メローネがお茶を出すと、教官はぎこちなく会釈する。

 その対面ではリーベルデがにこやかな様子で紅茶を含んでいる。カップとソーサーが触れ、かちゃりと音を立てた。


「この度はご協力に感謝します。シャルラッハロート教官」


「は。かようにもったいなきお言葉、恐縮であります。非才の身ではありますが、リーベルデ様の御為に微力を尽くす所存です」


「ふふ。そう固くならないでください。あなたはメローネの後輩だと伺っています。もっとフランクにして下さってよいのですよ」


「……善処します」


 リーベルデはどこか嬉しそう、というより誇らしげである。

 なんだろう。ジェラシーを感じていたにしては、教官に悪い印象を抱いていないように見える。なんらかの衝突があると考えていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。


「フォルス。報告を聞かせてもらえるかしら?」


「はい。メローネ様に頼まれたポイントはすでに確認し終えています。大講堂地下。祭事塔。廃倉庫群。全てにダンジョン化の兆候が表れていました」


「そう。やっぱり」


 俺達も今日で三つの地点を巡っている。旧校舎跡と同じようなことが、他の場所でも起こっていた。


「魔物の気配は確認できませんでしたが、あの様子ではいつ湧いて出るかわかりません。ダンジョン化しきっていないというのに、瘴気の濃度が尋常ではありませんでした」


 胸の下で腕を組むメローネを、フォルス教官はじっと見上げる。


「あれは異常です。放ってはおけません。教官と上級生でチームを組み、対処に当たらせてはいかがでしょうか」


 提案を受けたメローネは、その是非を視線でリーベルデに問う。だが、彼女は首を横に振った。


「それでは根本的な解決にはなりません。むしろ対処に当たる方々を危険に晒してしまうことになるでしょう」


「僭越ながら。危険指定種の一体や二体、問題なく処理できると自負しております」


 実際、先の襲撃では大量の危険指定種による襲撃を辛くも凌いでいる。未熟とはいえ優秀な学生が力を合わせれば、手の打ちようはあるだろう。


「ただの危険指定種ならね」


 メローネがほんの少し語気を強めた。


「私達が旧校舎跡で遭遇したメガロ・リーコスは、ただ強いだけじゃなかったわ。半端な攻撃じゃすぐに再生するし、パワーもスピードも並の危険指定種とは段違いだった」


「再生……? そんなことが?」


「フラーシュ・セイフで消し飛ばしたけど、あれがなかったら結構手こずったかもしれないわね」


 俺はリーベルデを一瞥する。彼女は視線だけをこちらに向けていた。

 メガロ・リーコスが魔王の眷属だとは伝えないようにと、事前に打ち合わせてある。理事会に伝われば面倒なことになるし、先日の襲撃に続き魔王が復活しているとなれば、学内の混乱は避けられないからだ。

 リーベルデの威光があれば皆の不安を抑えることはできるかもしれないが、その間は動けなくなるし、鎮静効果も一時のものだろう。ならば、できるだけ早く魔王を見つけ出し、撃滅ないし再封印を施さなければならない。

 秘密裏に全てを遂行する。それがリーベルデの示した方針だった。


「先輩――失礼。メローネ様がフラーシュ・セイフを使うほどならば、やはり動員をかけるべきではありませんか。リーベルデ様は我々を危険に晒すことを疎んでおられるようですが、もとよりこの学院は最大の危機に抗する人材を育成する場所です。強力な魔物に臆するような軟弱物はおりません」


 強い主張だ。フォルス教官には、彼女なりの矜持がある。自身と同僚、教え子の力を信じているのだ。危険に晒したくないと言えば聞こえはいいが、教官にとっては役立たずと言われたに等しいだろう。

 リーベルデはばつが悪そうに両の手のひらを晒した。


「わかっています。決してあなた方を軽んじているわけではありません。ただ、今回は相手が悪いのです」


「我々は敵を選びません。聖女と共に戦えるのならば、みな喜び勇んで死地に向かうでしょう」


 難儀なものだ。

 リーベルデは教官達に危険を冒してほしくない。

 だが当の本人達は、聖女の為に戦うことを誇りに思っている。死すら栄光だ。

 瞼を落とし、黙り込むリーベルデ。唇を引き結び、幾ばくか考え込んだ後、鮮やかな紅の瞳がゆっくりと開かれる。


「たとえ相手が魔王だとしても、ですか」


 この時、当初の方針はくるりと覆った。

 運命か必然か。事は大きくならざるを得ないようだ。

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