第43話 密着の護衛

 翌日。


 この日はあいにくの雨だった。

 だからと言って調査を先送りにするわけもなく、俺は鎧の上に外套を羽織って寮を出た。


「申し訳ありません。お待たせしました」


 先に軒先で待っていたリーベルデは、俺の姿を見るなりぱっと笑みを浮かべる。

 それからすぐに、きょとんと首を傾げた。


「フリードさん。そのコートは?」


「雨ですから、必要かと思いまして」


 どういうことかと、彼女は隣のメローネを見上げる。

 二人はいつもと同じ装いだ。特に雨を意識している様子はない。

 俺のいでたちを理由を、メローネはすぐに察したようだった。


「フリードあなた、防雨魔法が使えないのね?」


「恥ずかしながら」


 魔法の才が皆無の俺は、簡単な生活魔法すらろくに使えない。専門的に魔法を学ぶ学院生はもとより、農家であったり行商人であったり、大抵の人なら誰でも使える魔法なんだけどな。

 剣魔学院に通う俺がまさか防雨魔法の一つも使えないとは、リーベルデも思わなかっただろう。


「恥ずかしいことなんてなんにもありません。誰でも得手不得手はあるものです」


 聖杖でとんと地面を叩くと、リーベルデの頭上にルーン文字が踊る。それは見えない覆いとなって彼女を包み込んだ。


「さぁフリードさん。どうぞ」


 そう言って自分の傍を手で示すリーベルデ。

 まさかとは思うが、その中に入れと?


「少し狭いですが……ええと、くっつけば問題ありません」


 防雨魔法は両手を広げた人一人がすっぽり入るくらいの大きさだ。確かに密着すれば二人くらい入れないこともない。


「ほら。どうぞ」


 はにかむリーベルデ。その提案は非常に魅力的ではあるが、流石にちょっと抵抗がある。

 メローネがくすりと笑みを漏らした。けれど何も言わない。


「リーベルデ様。そのようなことをしては、周囲にどんな目で見られるかわかりません。男を侍らせる聖女がどこにおられますか」


 俺が諫言を口にすると、リーベルデはむっとした顔になる。

 失言だったかと自省しかけて、やはり正しい主張だと思い直す。少なくとも人前では、聖女としての振る舞いを崩してはならない。

 リーベルデが何か言う前に、メローネがすっと寄り添う。


「じゃあ私もぴったりくっつくわ。そうしたら、騎士が守りを固めているように見えるでしょう? ね?」


「まぁ……それなら」


 機嫌を損ねないように気を遣ってくれたようだ。

 こうなっては断るのも難しい。俺は躊躇いがちにリーベルデの隣に位置を取る。

 華奢な肩に俺の腕が触れ、彼女はびくりと体を震わせた。


「ま、まったく何を言っているのメローネ。私は最初からそういうつもりで言っていたの。雨も凌げて警護もできる。女神ヘレナのお言葉にある一石二鳥とはこのことなのよ」


「はいはい。仰る通りですわ聖女さま」


「……もう」


 長く一緒にいるだけあって、メローネはリーベルデの扱いに慣れているな。

 この二人の関係性は、主従というより微笑ましい姉妹のようにも見える。


「さぁ。今日も張り切って行きましょう」


 リーベルデの弾んだ声が、出発の合図となった。

 本日の予定は、フォルス教官が調べた地点の浄化である。旧校舎跡を含め、俺達が昨日巡った場所はすでに浄化を終えている。いくつか残っている半ダンジョン化した空間に対処すれば、自ずと魔王の居場所も明らかになる。というのがリーベルデの考えだ。

 その行程はつつがなく進行し、最終である祭事塔にたどり着いた時にはちょうど正午を過ぎた頃だった。


「ここの頂上ですね」


 俺達は石造りの高い塔を見上げる。

 祭事塔は、学院の中央に位置する学内最高の建築物である。主に宗教的な儀式や祭典に用いられる施設だ。当初の予定では、リーベルデの滞在最終日にここで女神への供物奉納が執り行われるはずだった。


「人の往来が多い場所なのに、ダンジョン化が進むんですね」


「頂上まで距離がありますから。上の方にも定期的に人が行かなければ、淀みは溜まる一方です」


 ということは、この事態は理事会の怠慢が招いた結果か。

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