第25話 騎士の契り

「と言っても、俺の方はたぶん大丈夫でしょう。学院も一学生に構っている場合じゃない。体面を保つのに必死です。それより今は、リーベルデ様のご安全を最優先に考えるべきではありませんか。理事達もリーベルデ様の御身を守るのに心血を注ぐと言っていました」


 俺としては自分よりもリーベルデの方がよほど心配である。先日のハナクイ竜といい、今回の襲撃といい、間違いなく彼女を狙ったものだ。


「メローネ」


「はい」


 二人は視線を交わして意思疎通をしているようだった。これだけでお互いの考えていることを察せるのは、固く結ばれた信頼関係のなせる業だろう。


 栗色の瞳がこちらに向く。強いまなざし。メローネは真摯な面持ちで、じっと俺を見つめる。


「フリードさん。今一度確認するわ。リーベルデ様の騎士となる覚悟は、揺らいでいないわね?」


「無論です」


 すでに決意は固めた。

 このスキルがある以上、俺はリーベルデの庇護下にいなければ生きられない。だがそれ以上に、彼女を守りたいと強く願っている。この力が彼女の役に立つのならば、俺は喜んで聖女の騎士になろう。

 メローネからリーベルデへ視線を移す。この言葉は、本人へ伝えるべき誓いだ。


「この命尽きるまで、リーベルデ様と共に歩み、お守りいたします」


 唇を引き結び、俺の言葉を受け止めたリーベルデ。

 じわり。紅い瞳に涙が滲む。

 彼女がどれだけこの時を待ち望んでいたか。心底、身に余る光栄である。


「よろしい。略式ではありますが、騎士の契りを結んで頂きましょう」


 立ち上がったメローネは、部屋の片隅に立てかけられた聖杖を手にした。

 ちょっと待った。騎士の契りだって?


「それって、お付きになる騎士がやるものなんじゃ……」


 同じ神聖騎士でも、聖女付きと一般騎士とでは明確な違いがある。

 聖女を守るという使命は同じだが、お付きの騎士は聖女と寝食を共にし、公私ともに傍で支える大任を拝している。故に聖女付きは女性であると定められているし、その実力も一般騎士とは隔絶していなければならない。


「これまで男性の聖女付きがいなかったわけじゃないわ。数えるほどだけれど前例はある。そうじゃなくても今は異例の事態だし、教会も口うるさいことは言わないでしょう」


 そうだろうか。ただでさえ俺は『ハードパンチャー』という爆弾を抱えているというのに、その上目立つような真似をして大丈夫なのか。


「スキルのことなら安心して。リーベルデ様がきちんと考えて下さっているわ」


 リーベルデが頷く。

 俺の頭じゃ考えるだけ無駄かもしれないな。この件は二人に任せ、俺はリーベルデを守ることに注力した方がいい。

 杖を受け取ったリーベルデは、俯き加減に席を立つ。


「フリードさん。よろしく、お願いします」


 初夜に臨む新妻のような調子で言うものだから、なんだか急に重大なことのように思えて――実際かなり重大な契約なのだろう――急に緊張してきた。


 こじんまりとした一室で執り行われる契りの儀式。

 聖杖を握り、魔力を練るリーベルデ。俺は彼女の前に跪き、紡がれる祝詞に耳を澄ます。


「運命の女神ダーナに仕えし聖女リーベルデの名のもと、汝と我が騎士の契りを結ばんことを願う。隷属でなく、服従でなく、まことの義と忠誠を持ち、自発能動の志士たらんことを願う。汝の心は如何に」


 聖杖に込められた魔力が、淡い輝きとなって部屋に広がる。それは一列のルーン文字となって、俺の周囲を巡った。


「いついかなる時も、聖女リーベルデと道を同じくすることを誓います」


 言葉はなんでもいい。その意思を示しさえすれば、契約の術式は成立する。

 虚空を舞っていたルーン文字が、俺の首に巻き付いた。俺は壁の鏡を一瞥する。あたかも首輪のように刻まれた魔力の文様。それは、まもなく見えなくなった。

 リーベルデが、長い息を吐き出す。


「契約は成されました。フリードさん。あなたは、私の騎士になったのです」


 今のところ特に変わったことはない。


「しばらくすれば私の魔力が馴染んできます。いずれ感覚の共有や魔力の受け渡しができるようになりますから、その時になれば練習しましょう」


 弾んだ声のリーベルデに手を引かれ、立ち上がる。


「これで、ずっと一緒です」


 未だかつてこんなに幸せそうな顔を見たことがない。そんな風に思わされるとびきりの笑顔だった。

 彼女の手を握り、改めて決意を固める。

 もう後戻りはできない。

 こんな笑顔を見せられてしまっては、するつもりも起きないけどな。

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