第24話 事件の後

 剣魔学院始まって以来、未曽有の大襲撃。

 混乱に陥った学内がひとまずの落ち着きを取り戻すまでには丸二日の時間を要した。戦闘教官や優秀な学生達の活躍により魔物共は駆逐されたが、被害は決して小さくない。死傷者は三桁に及び、学内の主要な施設もいくつか破壊される始末。

 なにより聖女に危機が及んだことは、剣魔学院の沽券に関わる大不祥事として世間に流布され、その権威は失墜しようとしていた。

 リーベルデの神聖騎士団はメローネを残して全滅。こんな状態で巡礼を続けられるわけもなく、彼女は滞在期間を延長し学院に留まることとなった。

 陽が傾きかけた頃、俺はリーベルデの部屋の扉をノックする。無事だった女子職員寮の一室が彼女の仮住まいだ。


「どなた?」


 メローネの声。


「フリードです。今、すこしよろしいですか」


 答えた直後、扉の向こうからバタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。扉が勢いよく開かれたと思うと、そこには部屋着姿のリーベルデが紅い右目を丸くして俺を見上げていた。

 その瞳に、じわりと涙が滲む。


「フリードさん!」


「おぉっ」


 腰に抱き着いてきたリーベルデに驚いた俺は、即座に彼女ごと部屋に押し入った。こんなところを誰かに見られたら大事である。

 扉を閉め、一息つく。

 俺の腰に腕を巻き付けたリーベルデは、潤んだ瞳で俺を見上げていた。


「よかった……」


「リーベルデ様こそ。ご無事でなによりです」


「あなたが、守ってくれたからです」


 俺は姿勢を正しくして前を向く。彼女を抱きしめたい衝動に駆られるが、それはじっと我慢だ。騎士として聖女を守ることと、彼女の恋心を受け入れることは同義ではない。

 とはいえ、自分に好意を向けてくれる見目麗しい少女にこうも抱き着かれると、湧き上がる劣情を抑えるのも大変だ。俺だって健康的な男なのだから。


「リーベルデ様。フリードさんもお疲れでしょうし、ゆっくり座ってお話を致しましょう」


 傍にいたメローネが、俺の目線に応えて助け舟を出してくれる。

 やれやれ。

 その後、三人でテーブルを囲み、メローネが淹れたお茶を嗜む。

 ほっと一息。茶葉に詳しくない俺でも良いものだとわかるくらいの香りだ。


「フリードさんは」


 カップとソーサーが触れる小気味よい音を合図に、メローネが口を開く。


「あれから何をしていたのかしら? この二日間、リーベルデ様はあなたのことで頭がいっぱいになっておられたというのに」


「ちょっとメローネ」


「本当のことでしょう?」


 リーベルデは紅潮した顔を隠すようにカップに口をつける。


「ご心配をおかけしました。理事会から呼び出されていまして、身動きが取れない状況だったんです」


「理事会」


 学院の運営を担うお偉いさん達。いわゆる上層部というやつだ。

 二人の表情が引き締まる。


「やっぱり、スキルのことが漏れたのですか?」


 深刻そうに尋ねるリーベルデに、俺は頭を振った。


「もしそうなら俺はここには来られません。今まで劣等生だったことが幸いしたんだと思います。誰も俺が魔物を殲滅したなんて思ってませんでしたよ」


「では、理事の方々はなんと?」


「迎賓館で目にしたことを話せ、とだけ。あの場所に居合わせた学院生は俺だけですから、何が起こったか把握しておきたかったんでしょう」


「本当にそれだけですか?」


 リーベルデは不安げだ。俺のスキルが知られることを危惧しているのだろう。

 ここに来るまで言うべきか隠すべきか迷っていたが、やはり言った方がいいだろう。俺にとってこの二人は文字通り生命線そのものだ。隠し事はよろしくない。不実になる。


「迎賓館に向かう途中、俺は黒い騎士を一体倒しています。今日一日、それについて質問攻めでした。一応、優秀な学生が削った後にとどめを刺しただけって説明しておきましたけど」


 細い顎を押さえたメローネが、ふむと一息。


「それで納得されるならよし。けれど、今まで劣等生と見なされていたフリードさんが鑑定の儀の直後いきなり強くなったとなれば、訝しむ者もいるはず」


 彼女の言う通りだ。

 上層部のほとんどは保身と体面しか見えていないが、冷静に事件を俯瞰する人間がいないわけがない。権威と伝統に囚われない知恵者がいるはずなのだ。

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