第23話 無双の拳

 記憶の中の炎が、眼前の景色と重なる。

 猛火を纏う迎賓館。朝の風を吹き付けられ、赤い揺らぎはいよいよその勢いを増していく。

 周囲には魔物の死骸が散乱し、動かなくなった騎士の姿もちらほらと見て取れた。

 紛れもない惨状。人の死を目の当たりにするのは初めてではないが、慣れるほど多く経験しているわけでもない。

 だが今は死そのものよりも、精強な神聖騎士達がやられているということに危機感を抱くべきだ。


「……上等」


 躊躇いはない。そのまま建物内部に飛び込む。強くなった俺の肉体なら多少の熱や煙くらいどうってことはない。建物の中を駆け、生存者を探す。迎賓館は広い上ところどころが崩落していて、探索だけでも一苦労だ。


「くそっ」


 リーベルデはどこだ。既に逃げているならそれでいい。だがもしこの中に取り残されていたら。

 二階の一室にたどり着いた時、俺は目を見張った。豪奢だったであろう寝室は無残に散らかり、壁が破壊されほとんど消滅していたからだ。

 ここがリーベルデの居室だったのだろう。崩れた壁からは庭園を見下ろせる。


「いた」


 パビリオンに、リーベルデの姿を見つけた。彼女を守るメローネも。

 ボロボロになった庭園には黒騎士の残骸が何十も転がっている。あれをメローネ一人でやったのか。凄まじい強さだ。

 だが、魔物が全滅しているわけじゃない。十数の黒騎士に加え、異形の怪物が何匹もリーベルデ達を取り囲んでいた。


「リーベルデ様。私から離れないでください」


 声を張り、ハルバードを構えるメローネ。その鎧は傷つき欠けており、戦闘の壮絶さを窺わせる。上下する肩と装束を染める鮮血は、彼女の限界が近いことを示していた。

 一斉に襲いかかる魔物達。メローネ一人では、もうリーベルデを守りきれまい。


 ああよかった。

 俺がいる。

 助けられる。あの二人を。


 建物の縁を蹴り、宙へと躍り出る。攻撃態勢に入っていた数匹の魔物が、俺の拳によって粉微塵に砕け散る。一瞬の出来事。奴らは自分が死んだことにすら気づいていないだろう。黒騎士も、異形の化け物も、塵となって虚空に溶けていく。


「無事ですか。お二人とも」


 隙を生まないよう着地し、彼女達に背を向けて残った魔物共と対峙する。


「フリードさんっ?」


 リーベルデの叫びにはいくつかの感情が乗せられていた。驚きと喜びと、ほんの少しの後ろめたさと。


「ここは俺は任せてください。メローネさんはリーベルデ様を安全な場所へ」


「……恩に着ます」


 覇気のある声だ。負傷し消耗していても、メローネの戦意、もとい使命を果たそうとする意志はいささかも衰えていない。今自分が何をすべきかをしっかりと理解している。

 だが、リーベルデは違った。


「そんなっ。一人では危険です! フリードさん、この魔物達は危険指定種に分類されていて――」


「リーベルデ様」


 そんなことはわかってる。危険指定種は一個騎士団相当。それがどうした。


「もしも騎士として認めて頂けるのなら」


 腰の剣を握り、勢いよく抜き放つ。


「信用してください。俺の強さを」


「っ! フリードさんっ!」


「リーベルデ様。さぁ、行きましょう!」


 メローネが半ば強引にリーベルデの手を引いて庭園を去っていく。

 それでいい。


 魔物は突如現れた俺を警戒しているようだ。脅威とみなしたのだろう。殺気が俺に集中している。

 好都合。二人を逃がす時間は十分稼げそうだ。

 俺が一歩前に出ると、最も近くにいた黒騎士が一歩後退する。その背後に隠れる異形の魔物が、何本もの触手をうねらせ俺に攻撃を加えてきた。触手の先端には鋭い爪が生えており、周囲の花や草木を斬り刻みながら異なる軌道を描いて迫ってくる。


 が、それが届くことはない。

 投擲した剣が黒騎士と異形をまとめて串刺しにし、強かに吹き飛ばす。二体の魔物は花壇の石柱に磔となり、そのまま絶命した。


 遅すぎる。

 脆すぎる。

 弱すぎる。


 危険指定種と言えど、スキルを手にした俺の敵ではない。


「リーベルデ様を狙った罪。その命で償ってもらうぞ。化け物ども」


 スキル『ハードパンチャー』。

 聖女から授かったこの力を、存分に振るわせてもらう。

 ただ彼女を、守るために。

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