第56話 見えない影

 フレデリカとユキが、真ん中のクレインに流し目を送る。

 クレインは意を決し、震える手を薄い胸の前に持ってきた。


「リーベルデ様に申し上げます。わたくしクレイン・ガウマンは、ソル・グートマンの悪行とは無縁でございますわ」


 言い切ったな。


「嘘偽りはありませんね?」


「女神ヘレナに誓って」


 そこでふと、クレインは目を伏せる。


「……しかしながら、今回の事件に父の関与がないとは言い切れませんわ。わたくしはもう半年以上、実家と連絡を取っていないのです」


 メローネがこちらを見た。俺は首肯で答える。


「あなたのお父上はご立派なお方です。命を犠牲にしてまで権力を求めはしないでしょう」


「お言葉ではございますが、わたくしは父を善人であると感じたことは一度もございません。あの人は……冷たい心の持ち主ですわ」


 意外な言葉が発せられた。


「リーベルデ様が父を人格者だとお思いなのは、あの人がそういった面しか見せていないからだと存じます」


「クレインさん。時に為政者は、冷酷に思える判断を下さなければならぬものです。あなたがお父上を冷たいと感じるのも仕方のないことかもしれません」


 クレインはまだ若いから、政治のことがわからない。リーベルデは暗にそう言っているのだろう。父を貶めてはいけないと言外に諭しているのだ。

 聖女にそう言われてしまっては、クレインはもう何も言えない。ただ押し黙るしかなかった。


「お三方を疑ってはいません。私の信頼の応え、この学院を救うために力を貸していただけますか?」


「……喜んで、微力を尽くしますわ」


「ありがとうございます」


 にっこりと微笑むリーベルデと、浮かない表情のクレイン。フレデリカとユキは、神妙な面持ちで二人のやり取りを聞くばかり。


「メローネ」


「はい」


 リーベルデの合図で、メローネが三人の前に出る。


「あなた達には、魔王が封印されている場所の調査を行ってもらうわ」


「調査、ですか」


「危険な任務よ。あなた達の潔白を証明するにはうってつけね。これくらいじゃないと、皆は納得しないでしょう?」


 口調は柔らかだが、内容は厳しい。当然だ。これは子どもの遊びじゃない。貴族ならば尚更だ。パーティから反逆者を出してしまったことに対する連帯責任を取れということ。


「詳細は明日、あなた達の作戦室で伝えます。今日はもう下がっていいわ」


 えっ、という顔になったのはフレデリカだ。もっと詰められると思っていたのだろう。どことなく拍子抜けした感じだ。

 三人はひと時顔を見合わせてから、一礼して退室していった。

 張りつめていた緊張感が解け、にわかに弛緩の静寂が訪れる。


「疲れますね。こういうのは」


 同感だ。リーベルデは手拭いで額を何度か軽く押さえている。彼女にも汗が浮いていたのだろう。


「リーベルデ様。以前よりの疑問なのですが、ガウマン侯爵とはそこまで信用に値する人物なのですか?」


「少なくとも私には、彼が悪事をはたらくとは思えないのです」


「クレインは学院に入ることに反対され、家出同然で入学したと言っていました。権力闘争に娘を巻き込みたくないと言えばそれまでですが、侯爵には他の思惑があるように思えて仕方ありません」


「と、仰いますと?」


「娘が通う学院に危険な魔物を放つはずがない。心の清らかな者であれば、そう考えるのではありませんか」


 リーベルデの隻眼が、すっと細くなった。


「侯爵が実子を利用していると?」


「ソルの件があり、ダンジョンを人為的に作り出すことができるとわかりました。ソルにできるのなら、他の者にもできる。それがガウマン侯爵の手の者であってもおかしくはない。あくまで可能性の話ですが」


「人をそのようにあしざまに言うものではありません」


 リーベルデの返答によって、俺の疑問はますます深まっていく。

 神聖騎士となり聖女と共にあることで、俺もすこし増長してしまっていたのかもしれない。


「あなたがそれほどまでに庇うこと自体、不自然だと申して上げているのです」


 フォルス教官はクレインやガウマン侯爵に犯人の目星をつけていた。それだけの根拠があるということだ。対するリーベルデは侯爵に対する印象だけで彼の無実を主張しているのではないか。そう思えてならない


「フリードさん……」


 彼女の悲しげな顔を見て、俺は自身の失言を悟る。

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