第57話 自覚

「申し訳ありません。口が過ぎました」


 深く頭を垂れ、俺はそれ以上の言及を止める。


「よいのです。あなたの仰る通りですから」


 顔を上げると、リーベルデの顔には力ない微笑があった。


「メローネ。いい?」


「ええ。フリードには知っておいてもらった方がいいわ」


「うん」


 何の話だろうか。


「実は……ガウマン侯爵はメローネのスキルをご存じなのです。メローネをお付きにし、騎士の身分を隠れ蓑としてはと提言して下さったのもあの方でした」


 なるほど。そういうことか。


「恩義があるのです。それを仇で返すことはできません」


 言い方を変えれば、弱みを握られているってことじゃないか。

 リーベルデは人一倍情に厚い。それが今の事態を招いた。世を運び民を導く聖女であるならば、時には情より義を選ぶ合理性も必要だ。


 いや。

 それはリーベルデの役目じゃない。彼女は聖女として、清廉潔白でなければならない。


「得心しました。以後は軽率な言動を慎みます」


「わかって頂けて嬉しいです」


 安堵の表情で首を傾けるリーベルデ。

 この純粋さこそ聖女だろう。彼女はこのままでいい。

 こちらに向けられたメローネの真剣なまなざしは、同様の感情を秘めている。

 俺は目線だけで意図を伝え、メローネは首肯をもってそれに答えた。


「すこし頭を冷やしてきます。失礼」


 一礼し、部屋を後にする。早足で女子職員寮を出て、修練場へと足を運ぶ。


 その道中で考えるのは、ガウマン侯爵の思惑だ。なぜリーベルデが滞在中の学院で事件が起こったのか。聖女滞在中という非日常を狙っただけじゃない。それならば他の聖女でもいい。リーベルデである必要性はあるのか。

 彼女が庇ってくれることを見越しての、ガウマン侯爵の陰謀ではないか。クレインの主張と行動が、彼の無実の証明に拍車をかけるのではないか。

 これからの情報伝達の仕方によっては、クレインが世間から見直され、ガウマン侯爵に同情する声が上がる可能性は十分にある。

 それこそがガウマン侯爵の狙いだったとすれば、このタイミングで事件が起こったことにも辻褄が合う。


 もちろん、明確な根拠はない。状況証拠を都合よく解釈しただけに過ぎない。

 リーベルデの不自然な擁護のせいで認識が歪んでいるのかもしれない。


「けど、調べて損はないよな」


 こういう時はフォルス教官に相談するに限る。あの人もガウマン侯爵へ疑念を抱いていた。今ごろ修練場で対魔王部隊の選抜を行っているはずだ。


 修練場に到着した俺は、こっそりと中を覗いてみる。

 広い屋内には、数十の学生達が整然と列を立ち並んでおり、その正面にフォルス教官をはじめとする三人の戦闘教官の姿があった。


「いいか! 貴様達はアウトブレイクに対処する為に編成された精鋭中の精鋭だ。此度の事は未曽有の大災害といっていい。この学院が創設されて幾星霜。己を高めながらも使命を果たす機に恵まれなかった者は数 多い。だが、貴様らは栄誉ある剣魔学院が積み上げた研鑽の集大成としてここに立っている。そのことを断じて忘れるな!」


 学生達の鋭い返事が重なり響く。


「返事だけは一人前だヒヨッコども。だがそれでいい。戦いには勢いが必要だ」


 フォルス教官は何度か頷き、学生達に視線を巡らせる。そして、先頭に立つお団子頭の女子生徒に目をつけた。


「ピオニー・ディオール三年生」


「はいっ!」


「我らの敵はなんだ? 貴様達は何の為に日々己を鍛えている?」


「魔王アンヘル・カイドの復活に備えてです!」


「そうだ。ならばいついかなる時もその志を肝に銘じておかなければならない。今回もそうだ。敵は魔物なれど、魔王に挑む意気で任務にあたれ。いざ魔王が復活した時、みっともない醜態を晒したくなければな」


「了解しました!」


 厳しい物言いだが、実際すでに魔王が復活している以上、それくらいの気持ちを持つべきなのは確かだ。魔王復活の事実を告げられない故の指導か。


 再び視線を巡らせるフォルス教官。

 その目が俺の姿を捉え、ほんの一瞬だけ停止した。かと思うと隣のシャルルーネ戦闘教官になにやら耳打ちする。そしてあろうことか、耳打ちを受けたシャルルーネ教官がこちらに歩いてきた。

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