第58話 選抜部隊
「あ、あの~。こんにちは」
俺の目の前までやってきたシャルルーネ教官は、ぼんやりとした仕草でぺこりと一礼する。
黒い瞳とブルネットのロングヘア。清楚といえば聞こえはいいが、有体にいえば地味で垢抜けないルックスの女性だった。年齢はたしか二十歳くらいだったか。
「お久しぶりです。シャルルーネ教官」
「へ? あれ? あたし、騎士様とお会いしたことありましたっけ?」
「一年のフリード・マイヴェッターです。魔法教練で何度か、あなたの講義を受けました」
「あっ」
シャルルーネ教官は開いた口を手で覆う。
「失礼しました。そうだったんですね。言われるまで分かりませんでした。見違えましたね~」
そうだろうか。身に着けている物以外なにも変わっていないと思うが。装いとはそれほどに人の見方を変えるということだろう。
「あの~。とっても言いにくいんですが……シャルラッハロート教官から、騎士様にお引き取り願えと言われまして」
「これは失礼。お邪魔でしたか?」
「気が散るとかなんとか。普段はそんなこと言う人じゃないんですけどね~。う~ん……あっ」
ピコーン、と音が聞こえてきそうなほどの気付きの仕草。彼女は俺に近寄り、掌を立てて小声で話し始める。
「あのですね~。シャルラッハロート教官。朝からなんかそわそわしてたんですよね。落ち着きがないっていうか。今は生徒達の前なんでシャキッとしてますけど……騎士様、何かご存じじゃありませんか?」
そわそわとな? 俺は顎を押さえる。
「いえ、心当たりはありませんね……部隊を揃えるということで、流石のフォルス教官も気負われているのでは?」
「や~。そういうのじゃないと思うんですよね。これ、女の勘なんですけど。男なんじゃないかって」
「はは。フォルス教官のそういう噂は聞いたことありませんが」
言いながら、俺は昨夜のことを思い出す。
まさか彼女があんな冗談を真に受けるとも思えないし、何か他の理由があるのだと思うが。
いや、そんなことはいい。
「部隊の選抜は終わったようですね」
「あ、はい。滞りなく」
「お邪魔なら退散します。フォルス教官に伝言を頼めますか? 例の件で相談したいことがあると。それで伝わると思います」
シャルルーネ教官は首を傾げつつも、にこやかに頷いた。
「わかりました。お伝えします」
早々に立ち去ろうと思ったが、黒い瞳にじっと見つめられてはそうもいかない。
「なにか?」
「いえ、残念だなって。せっかく騎士様がお越しになっているんだもの。部隊の学生達に指導をと」
「俺が? そんなまさか」
確かに俺は力を手に入れた。だがそれは自ら鍛え得たものではなく、神より与えられたいわば仮初の強さ。人に教えられるような事は何もない。
「あそこにいるのはみんな腕に覚えのある子ばかりです。部隊員に選抜されて有頂天になってる子もいるでしょう。そういう子達に、一流を教えてあげてほしいんです」
「つまり、戦えと?」
「簡単な模擬戦です。騎士様なら朝飯前ですよね? お願いします。学院の為だと思って。ね?」
両手を合わせて頬に当て、いい笑顔を浮かべるシャルルーネ教官である。
なんともマイペースな人だな。
「ささ。どうぞこちらへ」
手を取られ、あれよあれよという間に学生達のもとに連れていかれてしまう。
「みなさーん! 神聖騎士様がお越しくださいました~! 皆さんのご指導をして下さるそうです。希望者がいれば挙手を~」
突然のことに、学生達は呆気に取られている様子だ。漫然とした困惑が広がっている。
「シャルルーネ教官」
声を張ったのはフォルス教官だった。
「私は騎士様にお引き取り願うよう頼んだはずです。なぜ彼が学生達に教練を?」
えらく険のある声色だが、気持ちはわからないでもない。どうしてこんなことになるのやら。
「あたしがお願いしました。だって、こんな機会またとないじゃないですか。この中には神聖騎士を志す子達もいるでしょうし。教官たるもの、教え子にはできる限り質の高い経験を積んでほしいんです」
屈託なく言うシャルルーネ教官に、フォルス教官はそれ以上の抗弁ができなかった。
「自分、いいっすか」
沈黙の中、手を挙げる学生が一人。場の視線を一挙に受けたその男子は、不信を帯びた目つきで俺の前へ歩み出てきた。
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