第59話 立ち合い

 見覚えがある。彼は一年生。剣技、魔法、座学の全てにおいて常に上位に名を連ねる正真正銘のエリート。銀の髪が特徴的な美形の少年だ。


「なんつーか。自分、まだわかってないんすよね。なんであんたが騎士になれたのか。危険指定種を駆除したってのも眉唾だし」


 彼は後頭部を搔きながら俺を見上げる。


「マラル・ガイナ一年生。何が言いたい」


 神聖騎士をあんた呼ばわりしたせいか、フォルス教官が眉を顰める。


「だってこの人、ちょっと前まで学年最下位だったじゃないですか。自分の学年じゃ有名ですよ。十浪の劣等生って。先輩方もご存じでしょう」


 修練場は嫌な静まりで満ちていた。

 劣等生のフリード・マイヴェッターが、聖女付きの神聖騎士に登用された。その事実は、事件の噂に紛れて少しずつ広がっている。一年生と繋がりの薄い上級生にも知っている者はいるだろう。


「自分、どの訓練でもこの人に負けたことないんすよね。そんな人でもなれちゃうわけでしょ。神聖騎士って」


「なるほど。言いたいことは分かった」


 頷き、教官は学生達に向き直る。


「全員よく聞け。このマラル・ガイナは一年の中では頭一つ抜けている。ことに戦闘技術においては上級生にも引けを取らんだろう」


 選抜部隊員の中には頷いている者も何人かいた。上級生にも名が知れているということだ。

 かく言う俺も身をもって知っている。彼はソルとも互角に渡り合うほどの剣士であり、魔法の腕もピカイチ。戦術的な頭の回転も速い。戦士としての素養に恵まれている。いわゆる天才というやつだ。


「神聖騎士殿と腕比べをするにはもってこいの人材だな。皆、心して見ていろよ」


 教官達が学生らを下がらせる。俺とマラルを中心に円を描くような観戦の形が出来上がった。即席のリングみたいなものだ。

 こうなっては俺も腹を括るしかない。スキルを使えない以上、素の剣術で戦うしかないが、果たして大丈夫だろうか。

 対峙する俺とマラルの間に、フォルス教官が立つ。


「マラル・ガイナ一年生。準備はいいか」


「問題ないっす」


「騎士殿はいかがか」


「いつでも」


「よろしい。この立ち合いは学院の対人訓練の規定に則るものとする」


 それだけ言い残して、フォルス教官はこちらに歩いてきた。


「遠慮はいらんぞ。あの生意気な鼻っ面をへし折ってやれ」


 傍を通り過ぎる際、小声が耳朶を打った。

 そういうことか。フォルス教官はこの対戦を上手く利用する気だ。

 マラル・ガイナは優秀であるが故に自身の力を過信する嫌いがある。それが更なる成長を阻害してるとも気付かず。そのことを、教官は教育者として憂いているのだろう。

 別に俺が世間からどう思われようと構わないが、教官の思惑を手助けするのにやぶさかではない。手加減はなしでいこう。

 案外、シャルルーネ教官もフォルス教官と同じ考えなのかもしれないな。彼女を一瞥すると、なにやら誇らしげな表情で突っ立っていた。考えすぎだったか。


「用意!」


 フォルス教官が声を張ると、マラルが即座に剣を抜く。反りのある片刃の曲剣。ファルシオンと呼ばれる切れ味鋭い得物だ。

 俺は抜剣せず、柄に手をかけるのみ。

 ひと時、緊張が走る。


「始めっ!」


 マラルが床を蹴った。同時に発動された身体強化魔法が、彼の速力を高める。

 速い。足捌きも魔法の発動も、並のレベルじゃない。瞬く間に間合いを詰めたマラルは、真正面からの斬り上げを放ってくる。

 その姿が、ほんの一瞬曖昧になった。

 剣を抜こうとしていた俺は悟る。これは幻影魔法だ。本体じゃない。

 ほのかな風の動きを頭上から感じる。


「上か」


 咄嗟に見上げた俺の目に入ったのは、真上より迫りくる炎の槍。一つや二つじゃない。合計で七つの脅威が降り注ぐ。

 だがこれも本命じゃないだろう。気配は背後にある。


「後ろ」


 俺は呟き、振り返り様に抜剣する。刃を振るわず、柄頭でもってマラルの剣を迎撃する。同時に左拳を突き上げ、炎の槍を受け止めた。

 マラルが吹き飛ぶ。派手な攻撃魔法が霧消する。同時に起きた出来事に、学生達が声を上げた。

 床を転々とするマラル。受け身を取って立ち上がろうとした時には、喉元に俺の剣が突きつけられており、微動だにできなくなっていた。


「それまでっ!」


 フォルス教官が、終了の合図を鳴らす。

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