第60話 強さの極致

「そんな……ウソだろ……っ!」


 悔しげな声。

 俺は剣を引き、鞘に納める。修練場に響く小気味よい金属音。

 場には束の間の沈黙が訪れた。


「信じられない、といった顔だな。ガイナ一年生」


 立ち上がろうとした姿勢のまま呆然と固まっていたマラルは、フォルス教官の言葉を受け我に返る。


「いや、そりゃそうっすよ……! どういうことっすか。この人、ちょっと前までほんとのザコだったはずなのに……! 『アサシン・ダガー』ってスキルは、強さの底上げまでするってんすか」


 そう言われると心が痛む。マラルの言っていることは真実だ。屈辱を与えてしまったことはどこか後ろめたい。


「インチキっすよ。こんなの」


「言葉に気をつけろ。今の彼は神聖騎士だ」


 マラルは舌打ちを漏らし、立ち上がって剣を仕舞う。


「今の試合で何が起きたか。説明できる者はいるか」


 教官の言葉に学生達はざわめき、それぞれ顔を見合わせる。


「どうした。いないのか」


 彼らの心境は理解できる。こういう時は分かっていても名乗り出にくい。単に恥ずかしい場合もあるし、間違っていたらどうしようって気持ちにもなるし。相手がフォルス教官なら尚更だ。


「あの、いいですか?」


 おずおずと手を挙げたのは、先程も発言したお団子頭の少女だった。


「ピオニー・ディオール三年生か。いいぞ」


 勇気のある女の子だ。

 場の視線を一身に浴びたピオニーは、豊かな胸に手を当てて深呼吸、そして小さく咳払いを漏らす。


「まず彼は初手、ファントム・ヴィジョンで騎士様に陽動を仕掛けました。正面に注意を引き、次の一手への布石とするためです」


「ふむ」


「ですが騎士様は引っかからなかった。あの精度のファントム・ヴィジョンを見抜いたのは見事としか言えません。遠めに見ていた私にも、彼の幻影は本物に見えていた」


「それで?」


「はい。マラル君はファントム・ヴィジョンの発動と同時に、騎士様を飛び越えるように跳躍。頭上からフレイムボルト・ジャベリンを連射しました。そして騎士様の背後に着地すると、すかさず背中への一撃を試みた。高度な技術ではありますが、一歩間違えば自分の魔法に巻き込まれる危険な戦法、だと思います」


「続けろ」


「どうやったのかわかりませんが、騎士様はフレイムボルトを打ち消し、背後からの奇襲を迎撃。結果は、騎士様の圧勝……ということになります」


 ピオニーが言い終えると、マラルの忌々しげな舌打ちが聞こえてきた。


「概ねディオール三年生の言った通りだ。なかなかいい目をしている」


「はいっ。ありがとうございます!」


 姿勢を正すピオニーは、褒められた嬉しさを隠しきれていない。

 試合はほんの数秒だった。それをここまで正確に把握できるのは、たしかに才能という他ない。大した子だ。


「全員わかったな。これが神聖騎士の実力だ。貴様達の目指す強さの極致。ガイナ一年生の戦術と動きは悪くなかった。多少リスクのある発想だったのは否めないが、戦場ではそういった選択を強いられる場合も少なくない。だが如何せん、相手の方が一枚、いや数枚上手だった。それだけのことだ。なにも気にすることはないぞ。この経験を糧にしろ」


 教官のフォローに対して、マラルは何も言わない。悔しげな表情で黙り込むのみ。

 そのせいで場には陰鬱な空気が漂っていた。勝者の実力を讃えたいが、マラルを気遣って声をあげられない。俺も同じ気持ちだった。


「あの~」


 そんな雰囲気などお構いなしに、シャルルーネ教官が暢気にこちらへとやってくる。


「もしよかったら、どんな風に彼の攻撃を破ったのか、ご教授して頂けませんか? ほら、何が起こったのかはわかっても、どうやってやったのか分からない子もいるでしょうし」


「ええ。それは、構いませんが」


「ありがとうございます」


 にこりと笑んで手を叩くシャルルーネ教官。なんというか、大人しそうに見えて豪胆な人だな。


「じゃあまず、あの幻影魔法について」


 俺が話し始めると、学生達は真剣になった。中には手帳を取り出してメモを取ろうとしている子もいる。

 当のマラルも自身の至らぬ所が気になるのだろう。俺に強い視線を送っていた。

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