第61話 分析と反省

「初撃がファントム・ヴィジョンであることは、俺も一瞬わからなかった。だけど、接近した時にほんの少し像がブレたんだ。それで気が付いた」


 事もなしに言うと、学生達から驚きの声があがる。


「まさか……肉眼で見抜いたんですか? あの精度の幻影を?」


 シャルルーネ教官が開いた口を両手で押さえて、素っ頓狂に言った。


「ええ。そうです」


 魔力で虚像を創り出す幻影魔法ファントム・ヴィジョン。高い精度で作られた幻影を見抜くのは至難の業だ。

 幻影は魔力の塊だが、人体の魔力にうまく偽装されており、よほど高位の魔法士ではないと識別は難しい。肉眼で見分けるなんてもっての外だ。

 だが俺にはできる。スキルによって強化された視覚や動体視力がそれを可能にする。逆に言えば、魔法の才のない俺にはそれしか方法がない。


「正面に幻影がいるとなれば、おそらく側背をつかれるだろう。俺はそう思って警戒を強めたけど、彼はその裏をかいて頭上から魔法を降らせてきた。あれにはなかなか肝が冷えたよ」


「あれは分かりやすい陽動でしたよね? 魔力を察知すればすぐに上からだとわかりますし」


「いえ。気付けたのは、僅かな空気の流れを感じたからです」


 そこで再び驚きの声。


「魔力を感知したわけではなく、空気の流れで、ですか」


「そうですシャルルーネ教官。セオリーではありませんが、俺にはそっちの方が合ってしまして」


 というか、魔力の察知でどうやってやるんだ。さっぱりわからない。


「騎士様って、いろいろと規格外なんですね~」


「まぁ」


 そこで、生徒の一人が手を挙げて質問を発した。


「あの、騎士様。それなんですが……あのフレイムボルトは、どうやって相殺を? まるで炎が消えたように見えたのですが」


 俺は返答に詰まってしまう。

 あれは『ハードパンチャー』で消滅させた。俺の拳は物質だろうが魔法だろうがあらゆるものを破壊してしまう。その性質を利用したのだ。

 だが、それをそのまま説明するわけにはいかない。どう言ったものか。


「説明するのは、ちょっと難しいんだが……」


 そんなことを呟いて、時間稼ぎをする俺。しかし妙案が浮かぶわけもない。


「あれは気功術といって、東方に伝わる秘術だ」


 意外なことに、助け舟はフォルス教官から出航した。


「貴様達も聞いたことくらいはあるだろう。魔法とはまったく異なる技術体系を持つ人体の神秘。体内の気を操作することで肉体を変化させることもできれば、大気中に遍満する気を取り込んで己が力とすることもできる。となれば、魔法を相殺することも可能ではないか」


 生徒達がざわめく。


「気功術……ですか」


「ああそうだ。東方では戦いだけではなく、医学や健康法にも取り入れられているらしいぞ。気功術を極めた者は肉体年齢を自由自在に操れるとも聞く。流石は神聖騎士殿だ。まさかこのような技まで修めておられるとは」


 いつもよりほんの少しだけ早口のフォルス教官。彼女の言っていることは見当外れもいいところだが、ここはありがたく話を合わせておこう。


「恐縮です」


 下手に言葉を重ねず、それだけを答えとした。

 フォルス教官は口角を下げ、


「いや失礼。柄にもなく蘊蓄を語ってしまった。続きをどうぞ、騎士殿」


 掌を俺に向けた。

 気を取り直して、俺は咳払いを漏らす。


「前と上が牽制とくれば、消去法で後ろだと目星をつける。意識を向ければ気配を察知することはそう難しくない。タイミングを合わせてカウンターを放った」


 再三のざわめき、そして感嘆の声があがる。

 また他の学生が挙手をした。


「よろしいですか? 騎士様は簡単そうに仰いますが、あの状況で正確にカウンターを当てるというのは凄まじい技量を要すると思います。しかしそれ以上に、なんというか……回避でも防御でもなくカウンターを選択するのは、人間の本能的な行動とそぐわない気がします。ああいった場合、僕なら咄嗟に逃げてしまいます。それを克服し、相手を倒すために最適な行動を選択できる精神力というのは、どうやって身に着けるものなのでしょう」


 俺もはっとさせられる質問だった。

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