第62話 努力に無駄はない

 思えば、スキル『ハードパンチャー』で強化されるのは肉体の強度だけだ。膂力、速力、耐久力、そして五感。その恩恵は凄絶の一言に尽きるが、向上した能力を最大限活かすためには、力に吊り合う胆力がなければならない。

 これまでの戦いを思い出す。リーベルデを助け出した日からソルを捕まえた時まで、万全とは言わないまでも、自身のスキルを使いこなせているように思えた。

 剣魔学院に入って一年足らず。俺は実戦に出ることを厭わなかった。というより、ここの訓練はほとんど実戦のようなものだ。非才であるがゆえに、相対的な訓練の難度は他の学生より高く、それ故に常に死と隣り合わせ。それでも勇気と知恵を振り絞って、やっとのことで生き残ってきたのだ。

 今までの鍛錬が、スキルによって花開いた。そういうことなのかもしれない。


「死線をくぐること、だろうか」


「死線……ですか」


「有体に言えば、慣れだ。戦闘の興奮に慣れる。死への恐怖に慣れる。勝利への渇望に慣れる。こういうのには近道がないんだ。数をこなすしかない」


 俺の言葉に、教官達が小さく頷く。


「戦って生き残る。その繰り返しにしか答えはない。心の強さってのは言葉で教えられるものじゃないんだ」


 偉そうに講釈を垂れてしまった。

 けれど不思議な感覚だった。考えたこともないような事がすらすらと口から出てくる。この質問を通して、俺自身も自覚していなかった一つの真理に辿り着いたのかもしれない。なんていうのは、大袈裟か。


「ありがとうございます。肝に銘じます」


 学生は頭を下げ、いそいそとメモを取っていた。


「どうだ。他に聞きたいことがある者はいるか」


 もう手は挙がらない。


「ガイナ一年生。貴様はどうだ」


「……ないっす」


「ふん。そう不貞腐れるな。貴様の動きは悪くなかったと言っているだろう」


 彼らの年齢では素直に負けを認められないのも仕方ない。教官のいう通り、その悔しさを糧にしてほしいものだ。俺がそうしてきたように。


「騎士殿、ご指南に感謝します。全員! 騎士マイヴェッターに礼!」


 フォルス教官の号令に、学生達は一斉に敬礼を取った。ただ一人マラルを除いて。

 さて、シャルルーネ教官のこんなことになってしまったが、当初の目的はフォルス教官に会うことだった。

 学生達が解散した後、修練場には俺とフォルス教官、そしてシャルルーネ教官の三人が残る。


「いや~。本当にありがとうございました騎士様。これであの子達も身の引き締まる思いでしょう」


「お役に立てたのなら光栄です」


 フォルス教官の溜息が聞こえた。


「まったく……気まぐれもほどほどにして下さい。あなたはいつも予定を狂わせる」


「え~いいじゃないですか~。結果的にいい経験になったと思いますし」


「そこに関しては否定しませんが」


 やれやれと首を振る教官。そういえばと、俺は話題を変える。


「フォルス教官。この後お時間ありますか? お話したいことが」


 ふいっと目を逸らされる。


「ああ、いや。実は書類仕事が溜まっていてな。残念ながら今日は残業だ。なぁ? シャルルーネ教官」


「ええ。部隊選抜の報告書を書かなければなりませんし。予定よりも人数が増えたものですから、書き物も多いんです。良いことではあるんですけどね」


 苦笑するシャルルーネ教官は、急にぱちくりと目をしばたたかせ、俺とフォルス教官を交互に見やった。


「あっ……」


 何かを察したようだ。


「ん? どうかしましたか。シャルルーネ教官」


「あの~。もしよかったら、書類関係は私がやっておきますので、フォルス教官には騎士様との御用を優先してもらっても」


「え? いやしかし」


「ほら、フォルス教官ってデスクワーク苦手じゃないですか。ですから、いてもいなくても変わらないっていうか」


 穏やかな表情で辛辣なことを言う人だ。

 ぱちんと手を叩き、シャルルーネ教官はとてもいい笑顔を浮かべる。


「ねぇ騎士様。大切な用事なんでしょう? わざわざ修練場まで脚を運ばれたくらいですし」


「まぁ……」


 ガウマン侯爵の件はできるだけ早く相談しておきたい。ただでさえ後手の対応になってしまっているのだ。このあたりで手を打っておかないとまずいだろう。


「やっぱり。フォルス教官、騎士様もこう仰っていることですし」


「……では、お任せしても?」


「任せてくださいっ。書類の百枚や二百枚、すぐにやっつけてやりますよ」


 ありがたいことだ。

 ガッツポーズをするシャルルーネ教官に、フォルス教官は頭を抱えて溜息を吐くのだった。

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