第63話 新たなる始動

 それからすぐ後。

 フォルス教官は、俺の隣でホットサンドを齧っていた。ベンチの上で脚を組み、もぐもぐと無言で口を動かす。


「まったく困ったものだな。シャルルーネ教官のお節介にも」


 半分ほど食べたところでジュースに口をつけると、教官はひとりごちた。


「ん」


 それから、残ったホットサンドをこちらに寄こす。


「もういらないんですか?」


「ああ。あの露店はハズレだな」


 学院には入れ替わりで外部の商人が店を出していることがある。今回のは教官の口に合わなかったみたいだ。

 捨てるのも勿体ないので、俺が残りを食べることに。

 うん。確かにあまりおいしくない。


「それで? 話というのは、なんだ?」


 膝に頬杖をつき、正面のプロムナードを眺める教官。人通りは少ない。先日の襲撃以降、外を出歩く学生はめっきり少なくなった。ここは修練場の裏手であり、特に人気のない場所だ。

 もちろん、ここを選んだのは誰かに話を聞かれたくないからだ。


「ガウマン侯爵の件で、すこし」


「……ああ」


 どことなく緊張感のあった声が、ふっと和らぐ。


「何か進展があったか?」


「リーベルデ様に話を伺いました」


「ほう?」


「教官は、メローネのスキルについてはご存じですか」


「先輩の? いや、あの人がスキル持ちだという話は聞いたことがないが」


 やっぱり、教官も知らなかったか。

 言っていいものか。これはリーベルデとメローネの命にも関わる真実だ。


 だが、ガウマン侯爵に知られているなら、どんなきっかけで世間に知られるかわかったもんじゃない。

 フォルス教官には、知ってもらっておいた方がいいだろう。

 リーベルデとメローネに内心で謝罪しつつ、俺は意を決して口を開く。


「どんなスキルかは言えません。ただ、世間に公表されると都合が悪いことは間違いない」


「待てマイヴェッター。まさかとは思うが……」


 そこまで言って、教官は息を呑んだ。メローネが粛清対象のスキルを持っていると察したのだ。

 こちらを向いた深紅のまなざしに、俺はただ頷いた。

 教官はしばらく俯いた後、カップに入ったジュースを一気に飲み干す。


「嘘……ではないか。お前がそんなことを言う理由もない」


 手の中のカップが、ぐしゃりと潰された。


「教官」


「わかっている。今は何も言わん。続きを頼む」


 フォルス教官は真面目な人だ。ノヴィオレント教の教義、というよりは規律をなにより大切にしている。その心中は決して穏やかではないだろう。けれど、今はそこに言及すべきではない。

 リーベルデとメローネが持つガウマン侯爵との繋がり。俺は、彼女達から聞いた話を簡潔に説明した。


「なるほど。実に貴族らしいやり方だ。反吐が出る」


 教官はそう吐き捨てる。


「恩義があると言えば聞こえはいいが、要は弱みを握られているということだろう」


「ええ。そのせいでリーベルデ様は侯爵を疑えない。侯爵は、既に聖女の後ろ盾を手に入れていた」


「周到だな。流石は反教会派の筆頭だ」


 俺は、残っていたホットサンドを口に詰め込み、咀嚼もそこそこに嚥下した。


「俺は神聖騎士としてこの一件を徹底的に調べるつもりです。真実がどうであれ、リーベルデ様とメローネの動きが封じられているのは確かですから。だから、手を貸してくれませんか。フォルス教官」


「いまさら何を言う」


 俺の太ももがぱしんとはたかれた。


「かわいい教え子の頼みとあっては、無下にするわけにもいくまい。それに、私とて上から調査を命じられている。神聖騎士殿の協力が得られるなら、これほど心強いことはない」


 冗談めかして言う教官に、俺も思わず笑みをこぼしてしまう。


「だが……いいのか? お前はリーベルデ様の騎士だ。侯爵を調べることは、彼女の意に背く行為だ」


「聖女の言いなりになることが騎士の役目じゃありません。リーベルデ様にできないことをやる。たとえ汚れ仕事だとしても。それが俺の使命だと、今はそう思っています」


「言うようになったじゃないか」


 教官は微笑み、満足げに頷いた。


「よし。明日の朝にはここを出られるようにしておく。侯爵に会いに行くぞ」


「直接ですか?」


「ああ。顔を合わせてみなければわからんこともあるだろう」


 なんとも剛毅な人だ。


「了解です。俺もリーベルデ様に出動許可を頂いておきます」


「頼むぞ」


 ひとまず、俺達はこれで解散することとなった。

 ガウマン侯爵。一体どんな人物なのか。

 俺も、腹を括らないとな。

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