第64話 過去

 女子職員寮に戻ると、門の前でメローネが待っていた。


「おかえりなさいフリード」


「あぁ……ただいま」


 俺は後ろめたい思いを秘め、平静に努める。


「頭は冷えた?」


「多少は」


「よかった」


 柔らかい笑みを浮かべ、メローネは両手で俺の手を取った。


「ん、なんだ。どうした?」


「ちょっとね……ねぇフリード。今からすこし時間あるかしら? どこかで話さない?」


「かまわないけど……リーベルデ様はいいのか?」


「あの子は泣き疲れて寝ちゃったわ。しばらく起きないでしょう」


「泣き……俺のせいか?」


 メローネは俺の手を引いて歩き出す。


「ほら。行きましょう?」


「あ、ああ」


 なんだろう。いつもと様子が違う。落ち着きがないというか。

 リーベルデと何かあったのだろうか。

 俺はメローネに手を引かれるがまま、近くの公園へとやってきた。

 中央の巨大な噴水から小川が網目状に張り巡らされた広大な公園だ。俺達はその隅っこで、石段の上に腰を下ろす。


「いいところね。ここ」


「ああ。俺もよく来てた。修練場がいっぱいで使えない時は、ここで剣の稽古をしていたよ」


「へぇ。じゃあ、思い出深い場所なのね」


「それほどでもないさ」


 しばらく、俺達は無言で川の流れを見つめていた。

 木陰が昼の日差しを遮ってくれており、また傍を流れる小川のおかげか、ここは少しだけ涼やかだ。時折流れてくる風が、俺達の鎧を撫でていく。


「ごめんなさい」


 だしぬけに、メローネは謝罪を口にする。

 俺はわけがわからず、すぐに何かを言うことができなかった。

「あなたの言っていることは正しいわ。でも、私が脚を引っ張っちゃってる」


「……侯爵の件か」


 首肯するメローネ。


「あの子は侯爵を信用してる。私のことがあったから」


「本当にそうなのか? 秘密を明かされないように、信用する振りをしているだけなんじゃ?」


「それもないわけじゃないわ。けど、あの子自身が疑いたくないのよ。ガウマン侯爵は、本当によくしてくれたから」


 別に俺だってガウマン侯爵が犯人だと決めつけているわけじゃない。だが、ろくに調べもせずに無実だと信じる気もない。

 だから、俺は知っておくべきだろう。メローネ達と侯爵の間に何があったかを。


「メローネを騎士に推したのは侯爵だって言ってたよな。その話、詳しく教えてくれないか」


「もちろん。その話をするために、あなたを待っていたんだもの」


 じっと小川を見つめて、メローネは語る。


「私とリーベはね、騎士と聖女になる前からの付き合いなの。私がまだ騎士見習いとして神聖騎士の従者だった頃、王都の教会で大きな式典があってね。そこに集まった聖女候補の一人に、あの子がいた。だいたい十年くらい前かしら」


 ナナハ教会が燃えた直後だろう。身寄りを失ったリーベルデがどうなったか分からずじまいだったが、まさかあの後すぐ王都に行っていたとは。


「それでね、私はあの子の世話係になったの」」


「騎士見習いが、聖女候補の世話係?」


「そういう慣習なの。騎士見習いは、公私ともに聖女候補を支え、自身も神聖騎士を目指して鍛錬を積む。候補から正式な聖女になったあかつきには、そのままお付きの騎士に着任する」


「じゃあメローネは、十年もリーベルデ様と一緒なのか」


「そういうこと。あの子が聖女になれたのは、私が支えたからこそなのよ」


 メローネは自慢気に、ほんの少しはにかみがちに笑う。

 だがその表情は、すぐに暗く沈んでしまう。


「新米聖女の最初の仕事。なんだかわかる?」


「……いや」


「『鑑定の儀』よ。お付きの騎士のね」


 その声が、途端に小さくなっていた。


「それで、メローネのスキルがわかったのか」


「ええ。でもあの子は言わなかった。誰にも。私にも」


 俺の時と同じだ。

 なるほど。だんだん話が読めてきた。


「そこで、ガウマン侯爵が出てくるわけか」


「うん」


 なんだか、俺が思っていたよりも侯爵との関わりは深いようだ。

 この前、メローネと酒を酌み交わした時には聞けなかったことだ。しっかり耳を傾けておいた方がいいだろう。

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