第65話 聖女候補と騎士見習い
「侯爵はね、ナナハ教会の神父様と旧い仲だったらしくて……昔から支援をしてたみたいなの。ほら、あそこは孤児院でもあったでしょう?」
「ああ。けど、反教会派のガウマン侯爵が教会に支援を?」
「その頃はまだ、侯爵も教会側にいたから。事件の後、生き残ったあの子の後見人になって聖女候補に推薦したのも彼なの。亡くなった神父様への弔いのつもりだったと、そう言っていたわ」
「弔い?」
「神父様はリーベの才能に気付いていたらしくて、いずれ聖女候補に推薦するつもりだったらしくてね。侯爵にもその話は伝わっていたみたい」
神父の遺志を継いだと、そういうことか。
「そういった経緯を、リーベはよく理解していたわ。あの子が侯爵を疑おうとしないのは、そういう理由もあってのことなの」
「……ほんと、軽率だったな」
思わず額を押さえる。
まさかリーベルデと侯爵がそういう関係だったとは。それを知らずに、俺はなんてことを言ってしまったのか。相当ショックだったに違いない。
「でもね。リーベと侯爵は、そこまで親密というわけじゃないのよ」
「そうなのか?」
「顔を合わせたのは五、六回くらい。侯爵が教会本部を訪れるのは稀だったから」
「それでクレインとも面識がなかったのか」
「そもそも、あの令嬢は侯爵がリーベの支援をしていたことも知らないんじゃないかしら。公にできることでもないしね」
聖女候補は原則、各地の教会に仕える修道女から選出されると聞く。貴族が支援する聖女候補というのは世間的にもあまりよろしくないのだろう。
ただ、その土地の教会と貴族が繋がっていることも珍しくないから、明るみに出ないだけで実際は貴族の利権なども関わっているのだろう。
「話を戻すわね。私のスキルを鑑定したリーベは、悩みに悩んだ結果、侯爵に相談することにしたの」
リーベルデにとって、当時もっとも信用できる人物がガウマン侯爵だった。そうやって話が繋がるってわけか。
「腑に落ちないことがある」
「なにかしら?」
「メローネが世話係だったなら、そのままお付きになるんじゃないのか? リーベルデ様は、侯爵がメローネを騎士にするよう提案したって言ってたが……」
美貌に陰が落ちる。小さく苦笑が鳴った。
「当時の私はね……騎士としての資質に疑問が投げかけられてた」
「リーベルデ様がスキルを隠したから」
首肯。
「不思議なものでね。聖女付きの騎士はみんな強力なスキルを見出されるの。長く聖女候補に仕えたことによる神のご加護だって言われてる」
だがメローネはスキルを見出されなかったことにされた。スキルの有無は個人の能力に大きな差を生む。それは俺自身が身をもって知ったことだ。
スキルを持たない騎士はお付きとしては力不足。他にふさわしい騎士がいるだろうと周囲から声があがるのは、ごく自然な流れといえるだろう。
「みんな、自分の息のかかった騎士をお付きにしようと必死だった。貴族や教会の有力者達はこぞって猊下に陳情していたわ」
メローネにとっても辛い出来事だっただろう。無力感に苛まれ、リーベルデに対して申し訳ない気持ちで一杯だったに違いない。長年努力してきた分、その落胆も大きかったはずだ。
「リーベは塞ぎこんじゃうし、恥ずかしながら私も、自暴自棄になっちゃって。せっかく聖女に選ばれたっていうのに……全部が台無し。お先真っ暗って、ああいうのを言うんでしょうね」
周囲から認めれらず排斥の対象になる。その苦しみは俺もよく知っている。
「私達を助けるために、侯爵は奔走してくれたわ。大司教や貴族達への根回し。猊下にも直談判してくれたって。おかげで私は正式にお付きの騎士になれた。色々と面倒事はあったけど、今の私達があるのはガウマン侯爵のおかげなの」
俺はしばらく何も言えなかった。
「だからね。私も個人的には、あの人を疑いたくない」
メローネは俺の目をじっと見て、懇願するようにそう言った。
「ごめんなさい。こんな話しちゃって」
「いや……」
確かにガウマン侯爵はリーベルデとメローネの恩人かもしれない。
だが、それとこれとは話が別だ。今回の件に侯爵が関わっていないとは誰も言い切れない。メローネもそれがわかっているから、無理に俺を止めようとしないのだろう。
ガウマン侯爵の人となりを俺に知っておいてほしかった。それだけなんだと思う。
「メローネ。明日からしばらく学院を離れたい。リーベルデ様に伝えておいてくれるか」
「侯爵のところへ行くのね」
「ああ。いつまでも疑ってばかりじゃ仕方ない。人命がかかってるんだ。魔王のこともある。早いところ白黒はっきりさせておきたい」
「うん、わかった。あの子にはそう言っておく」
「悪い。本当は直接言わなきゃダメなんだろうけど」
「あんなことがあった後じゃ、リーベはきっとショックを受けるでしょうね。愛想をつかされたんじゃないかって思うかも」
意外と卑屈だからな。あの聖女様は。
「大丈夫。私がうまいこと言っておくから、安心して行ってきてちょうだい」
「恩に着る」
「そのかわり」
メローネは人差し指をぴんと立て、俺の頬にちょんと触れた。
「おみやげ、期待してるわね」
その仕草がやけに色っぽく見えたのは、俺の錯覚ではないだろう。
侯爵の潔白を持ち帰れることを、切に願う。
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