第20話 踏み出す一歩
俺は、今の自分に満足できているだろうか。
入学した当初は良かった。十年越しで夢を叶えて、全能感に満ちていた。胸を張って街を歩いていた。だがいつしかそれは劣等感に変わった。周囲には俺よりも優秀な若者ばかりで、いつも肩身の狭い思いだった。自信を失い、それでも何とかついていこうと必死に努力して、その度に惨めになった。
たった一度の成功が、十年も折れなかった心を弱くした。
目の前の任務や鍛錬に打ち込んで誤魔化しても、俺はいつまでこのままなのだろうと眠れない夜もあった。
俺が死を選ぶのは、決してリーベルデのためじゃない。
せめて意味のある死を。悲劇の主人公を気取って、仮初の献身を果たしたかっただけ。
とっくにわかっている。だがそれを認めてしまったら、自分に嘘をつけなくなる。弱い自分に、立ち向かわなければならなくなる。
教官は見抜いていたんだ。俺が及び腰の臆病者だと。
人は挑む前に諦めている。まったくその通りだ。
「教官……俺は……」
言いかけた時、部屋にけたたましい警報が鳴り響いた。棚に置かれた念話灯が赤い輝きを放っている。
『本部から全戦闘教官。緊急事態発生。学院に複数の危険指定種が出現。戦闘教官は直ちに現在の職務を中止し、脅威の対応にあたれ。繰り返す――』
魔物が学院に現れただって。そんな馬鹿な。
学内には強力な結界が張られていて、魔物の類は入ってこられないはずなのに。
「貴様はここにいろ」
教官の初動に迷いはなかった。壁に立てかけてあった大剣を背負い、颯爽と部屋を飛び出す。
繰り返される急報が、俺の胸に不安を募らせる。
脳裏をよぎるのは暗い森のハナクイ竜だ。リーベルデを狙った刺客だと、フォルス教官は言っていた。
外から轟音が聞こえてきて、建物が大きく震える。棚から本がなだれ落ち、卓上で食器が暴れた。だが俺はバランスを崩さない。スキルのせいか、俺の身体能力は格段に向上しているように思えた。
握った拳を見る。ごちゃごちゃ考えるのはもうよそう。
俺は剣を取り、部屋を出た。リーベルデは迎賓館にいるはずだ。職員寮からはすこし離れているが、走れば十分もかからない。
学内は騒然となっていた。ところどころで魔物との戦闘が行われている。人間の数十倍はある大蛇。六本の剛腕を持つ巨人。二つの頭を持つ髑髏の魔導士。戦闘教官や上級生達が連携して対処に当たっているようだが、すぐに片付くというわけではない。危険指定種は一個騎士団が総出で討伐するほどの脅威だ。それが複数で強襲してきたとなれば、いくら剣魔学院本拠でも簡単には収まらない。
こんなことは初めてだ。聞いたこともない。
戦闘の現場を避けて迎賓館を目指す。その途中。噴水のある広場で、魔物と戦う見知ったパーティを見つけてしまう。
「あれは……!」
クレイン。フレデリカ。ユキ。
三人は陣形を組み、騎士型の魔物と戦闘を繰り広げていた。どうやら魔物は既に相当なダメージを受けているようで、漆黒の鎧は傷つき欠け、さらには片腕を失っている。
周囲には倒れた学院生や職員と、彼らを連れてこの場を離れようとしている者達の姿。
「わたくし達が抑えている間に負傷者を運び出して! 急いでくださいまし!」
クレインは二刀を振るい、黒騎士の重厚な斬撃をいなし、的確に反撃を繰り出している。彼女の全身は淡い光で覆われており、フレデリカの強化魔法の効果をうかがわせる。
剣戟の隙間を縫うように、フレデリカの攻撃魔法フリジット・アローが黒騎士の背中にいくつも着弾した。
「ダメです! 何回やっても効いちゃいません!」
「弱音を吐かないで! ここでわたくし達が敗れたら、他に被害が出てしまいますわ!」
「んなことわかってますって!」
クレインは汗を散らし、息を荒げて間断なく二刀を振るい続ける。一人で前線を維持するのは辛そうだ。ソルがいれば、ここまで苦戦を強いられることもなかっただろうに。
黒騎士の猛攻は止まることを知らない。片腕のハンデなどまるでなく、無限のスタミナを持っているかのように更にその威力と速さを増していく。
「くうっ……このっ!」
危なげに立ち回り、だが決して下がろうとはしない。自分の倍以上の体格がある相手に、ああも粘るとは大したものだ。
「ユキ! まだなんですの!」
「もうすぐ」
後方でユキが魔法の構築を進めている。パーティの火力担当だけあって、ユキの攻撃魔法は同級生の中でも随一の破壊力を誇る。小さな両手に宿る炎が、無数の火となって舞い上がった。
「クレイン!」
フレデリカが叫ぶ。それに合わせてクレインが騎士から距離を取った。
「フレイムボルト・テンペスト」
ユキの魔法が炸裂する。
宙に散った火の粒が、うねり、混ざり合い、一つの激しい奔流となって騎士に襲いかかった。炎の龍にも見紛う凶悪な魔力の波動。それは瞬く間に黒騎士を呑み込み、爆風を伴って膨れ上がった。
「でかしましたわユキ!」
「それほどでも」
クレインはユキに抱き着いて喜んでいる。
馬鹿野郎。油断するな。魔物の気配はまだ消えていない。
広場を迂回して迎賓館に向かおうとしていた俺は、咄嗟に進路を変更する。
爆炎を斬り裂いてクレインとユキに肉薄する黒騎士。集中力の切れた二人に反応する術はない。
間に合え。俺は力の限り大地を蹴り飛ばす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます