第21話 打破

 自分でも驚くほどの急加速。石材で舗装された地面を踏み砕き、前方へすっ飛んでいく。やばいと感じたのも一瞬、俺は剣を抜く余裕もなく黒騎士に到達。柄を握っていたのが幸いした。ほとんど体当たりのような勢いで、黒騎士の胴体に柄頭を叩きこむ。

 今まさにクレイン達に斬りかからんとしていた黒騎士は、広場の中心にある噴水器に突っ込んだ。優美なデザインの噴水は粉々に砕け、あたりに水飛沫と破片をまき散らす。


「無事か? 二人とも」


「フリードさん……?」


 背中にかかる怪訝な声色。


「あなた……どうして?」


 ようやく抜剣した俺は、瓦礫に埋まった黒騎士を見据える。


「まさか、戦う気ですの? あいつと?」


「放っておけないだろう」


「あなたには無理ですわ。わたくし達が苦戦するほどの相手ですのよ」


「急いでるんだ。話なら後で聞く」


「フリードさん!」


 瓦礫を押しのけて出てきた黒騎士は、一直線にこちらへ向かってきた。

 速い。が、反応できないほどじゃない。俺は剣を構え、前進して迎え撃つ。

 横一文字に繰り出された斬撃を受け止め、真上に弾き上げる。鈍い金属音。

 いける。強化魔法がなくとも、俺の膂力は魔物にも引けを取らない。間違いなくスキルの影響だ。


 黒騎士は弾かれた剣を振りかぶり、恐ろしげな斬り下ろしを放つ。

 そいつは読めていた。俺は左足を軸に半身となり、紙一重の回避を敢行。

 風切り音。剣圧が肌を撫でる。

 空振って地面をぶっ叩いた大剣は、舗装路を粉砕し粉塵を飛散させた。それは煙幕となって俺達を覆い、周囲からの視線を遮ってくれる。


「馬鹿が。ありがとよ」


 迷いはない。ここで使わずいつ使う。

 握り締めるは左の拳。そこに集まる力を感じる。

 地面に埋まった剣を抜こうとする黒騎士。


 敵は至近距離だ。拳を引く暇もない。俺は腕を振り上げるようにして、手の甲で黒騎士の胸部装甲を打つ。

 妙な手応えだった。堅牢な鎧を打ったはずが、まるで脆い焼き菓子のような感触。黒騎士の上半身は跡形もなく消滅し、細かい粒子となって虚空に消えていった。


「おいおい」


 これがスキルの力。想像していた何十倍も凄まじい。

 使ってみて初めて実感する。大変なものを手に入れてしまったと。


「うそ。倒しちゃったんですか……?」


 たちこめた粉塵が晴れてまず聞こえたのは、フレデリカの素っ頓狂な声。いつもの知恵者ぶった振る舞いはどこに行ったのか、口を半開きにして呆気に取られている。

 加勢しようとしてくれていたのか、クレイン達三人は近くで臨戦態勢を取っていた。


「あの魔物をたった数秒で……? あなた、一体なにをなさったんですの」


「詳しく説明している時間はない」


 というか説明できない。

 剣を納め、クレイン達の無事を確認すると、すぐに目的地に足を向ける。


「フリードさん。あの」


「他にも助けを必要としているところがあるはずだ。早くそっちに行ってやれ。次は油断しないようにな」


 振り返らずあえて挑発的に言ってみる。我ながら大人げないと思うが、少しからかってみたかった。


「な、なにをぅ! フリードさんの分際で生意気言っちゃってんじゃないですよ!」


 フレデリカが抗議の声をあげる。


「大体なんなんですか。私たちが必死こいて削った後にとどめだけ刺すとか。手柄を横取りなんて汚いですよ!」


「フレデリカ。おやめなさい」


 意外なことにそれを制したのはクレインだった。


「彼が来てくれなかったら、ボク達は死んでた」


 ユキもそれに同意する。


「それは……そうかもしれませんけど」


 そんなやり取りを背に、俺は迎賓館に走る。今は彼女たちに構っている暇はない。

 もしこの襲撃が本当にリーベルデを狙ったものであれば、迎賓館が一番の激戦になっているだろう。


 武者震い。俺は俺なりに、それなりの修羅場をくぐってきたつもりだ。戦場は恐ろしい場所であり、恐怖と折り合いをつけなければ動くことすらできない。

 だが、いま俺の心を支配しているのは恐れではない。

 全身の血が燃え滾るような高揚感。腹の底から身体を突き動かさんとする使命感。


 こんな感覚は久しぶりだ。

 十年前、ナナハ教会でリーベルデを助けた、あの時以来か。

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