第19話 フォルス教官と朝食タイム

 職員寮の一室。

 フォルス教官の部屋はアンティーク風の調度品が並び、どことなく風情のある趣である。もっと殺風景な部屋を予想していた俺はかなり意表を衝かれていた。

 二人で囲んだ食卓に置かれているのは、驚くべきことに教官の手料理だ。


「なんだその目は」


 対面に座る教官は湿度の高い眼差しをこちらに向けていた。


「いやぁ……教官の新たな一面を見た気がしましてね」


「私とて自炊くらいやるさ。外食ばかりでは財布が持たん」


「お給料安いんですか?」


 教官は柳眉を捻じ曲げる。やべ、デリカシーのない質問だったか。


「まぁ、割に合わんことは確かだな」


 この人はどうして教官をやっているのだろう。教官ほどの実力があれば、もっと稼げる道もあっただろうに。まぁ、人それぞれ事情はあるものだ。無粋な詮索はやめておこう。


「いただきます」


 俺はエッグスラットを一口。ほどよい味付けが舌に浸透していく。


「うまい」


「それはよかった」


 紅茶の注がれたカップに口をつけ、教官は何気なく呟いた。


「それで? 一体なにを悩んでいる」


 トーストをかじりながら、俺は教官に目線を送る。


「リーベルデ様は貴様を買っておられるようだ。名誉なことじゃないか」


「買いかぶりです。俺には騎士なんか務まらない」


「今はな。だが世の中には青田買いを厭わない騎士団も多いと聞く。有望な若者を騎士見習いとして取り立てることも珍しくはない。まぁ、お前はそこそこ歳を食っているが」


 教官は笑みを漏らす。

 昨夜のリーベルデの様子を見るに、そんな理由じゃないことは明白だ。能力や伸びしろがどうあれ、彼女は俺を手元に置いておきたいと思っている。


「マイヴェッター」


 教官のカップが、かちゃりと小気味よい音を立てた。


「人の役に立ちたいというのなら、騎士となり世のために戦え」


 はっきりとした声。俺は咀嚼を止めて嚥下する。


「俺は聖女と共にいることはできないんです。詳しくは話せませんが、俺の存在は聖業の枷になる」


「たわけ。リーベルデ様は貴様が思っているよりもずっと聡明なお方だ。なにもかもご承知の上で、お前を求めておられるのだ」


 その言葉は俺の胸を深く抉る。


「貴様が何故クレイン達に追放されたか。わかるか?」


「それは……俺がパーティに貢献できなかったからです」


 クレイン達は俺を過小評価したわけでも、嫌がらせをしたわけでもない。言い方には棘があったが、俺がパーティにとって不要な人間だったことは覆しようのない事実だ。


「そうだな。そしてそれはそのまま社会の縮図でもある。学院を卒業しても、貴様はどこの誰にも必要とされないままだ」


 何も言い返せない。悔しいが教官の言うとおりだ。

 自分の居場所を見つけようと努力はしたが、結局は追い出されてしまった。

 大した実績もない。取り柄もない。見てくれも平凡だし、金だってない。そんな俺を必要としてくれる場所がどこにあるだろうか。

 そこで気付く。俺を求めてくれている人がいることに。

 そして絶望する。決して一緒にいられない運命であることに。

 部屋にしばらくの沈黙が訪れる。俺はただ無心に朝食を口に運んでいた。

 完食すると、教官が空になったカップに紅茶を注いでくれる。


「人は、挑む前から諦めている」


「え……?」


「恩師の言葉だ。私はこれを自戒としている」


 混乱しそうになる頭を冷やしつつ、深紅の目を見つめ彼女の意図を読み取ろうとする。


「詳しく話せないが聖業の枷になる。さきほどそう言ったな」


 俺は答えない。


「だがメローネ様はこう仰っていたぞ。リーベルデ様は貴様と共にあってこそ聖業を為せるであろう、と」


 どうにも理解できない。リーベルデが冒涜者と見なされるのに、どうしてメローネは俺を騎士にさせようとするんだ。


「何を抱えているのかは訊かんが、それこそ貴様が真に向き合うべき試練なのではないか?」


「試練、ですか」


 教官は紅茶で唇を濡らす。


「心の底から満足できる選択をする。そして自らが望む自分になる。そのために乗り越えなくてはならない壁だ」


 カップに張った紅い水面を見つめる。歪んだ顔が朧げに映りこんでいた。

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