第18話 個人指導

 無造作に佇む教官はいかにも隙だらけだが、それが擬態であることくらいは見抜ける。下手に打ち込めば手痛い反撃を貰うだろう。だがこれは稽古。いくらでも下手に打ち込めばいい。考えるのはそれからだ。

 俺は正面から愚直に剣を振り下ろす。案の定ロッドで防がれてしまった。


「む――」


 綺麗に力の方向を流され、たたらを踏んで死に体となる。無理に体勢を立て直すより受け身を取った方がいいと判断した俺は、転倒の勢いのまま床をごろごろと転がった。

 立ち上がって再び剣を構えた俺に、フォルス教官の鋭い眼光が突き刺さっていた。ああ恐ろしい。


「マイヴェッター。もう一度同じように打ち込んでこい」


「承知」


 言われた通り、正面からの斬り下ろしを放つ。より速く。より深く。より強く。

 教官は先程の動きをトレースするように俺の剣を迎え撃つ。木製のロッドが鋭利な軌道を描き、斬撃を受け流そうとしている。そうはさせまいと、俺は踏み込みに力を加える。

 確かな手応えと共に、俺は教官のロッドを弾き飛ばした。彼女の手から離れたそれは、真っ二つになって砕けながら宙を舞う。振り抜いた刃が銀の髪を数本刈り取っていた。

 してやったりと思ったのも一瞬。懐に潜り込まれたと気付いた時にはもう遅い。ぐるりと視界が反転し、背中から床に叩きつけられていた。

 見事な投げ。強かな衝撃が呼吸を封じる。追撃を避けるべく跳ね起きた俺が見たのは、折れたロッドを拾い上げる教官の姿だった。


「もういい。十分だ」


 たった二合で稽古を打ち切られる事態に、俺は始まった時以上の困惑を覚えた。

 あまりの不甲斐なさに失望されたのだろうか。いやいや、教官のロッドを折ったんだぞ。同級生の中では快挙だろう。ソルにだってできなかった芸当だ。それなりに評価されてもいいのでは。

 フォルス教官は左手で折れたロッドを握り、開いた右手を凝視している。


「身体強化魔法は感知していない。素の状態であの馬鹿力だと? ありえん。どうなっている……」


「あの、教官」


「またいいように使われたか。まったく敵わんな。あの人には」


 なにやらボソボソの独り言を呟いている。もしかして褒めてくれているのだろうか。


「マイヴェッター」


「はい」


「貴様。今まで実力を隠していたのか」


 とても心外なことを言われてしまった。


「私のロッドをこんな風にしてくれたのは貴様が初めてだ。おかげでやっと新調できる。感謝するぞ」


 これは嫌味だろうか。まずい。本気で怒ったこの人より怖い生物を俺は知らない。任務でヘマをした生徒に激怒している様子を一度だけ見たことがあるが、部外者含めその場の全員が死を覚悟したほどだ。怒り竜の二つ名は伊達ではない。

 ここは早急に謝罪しなければ。


「申し訳ありません……あの、弁償します……!」


「たわけ」


 投げつけられたロッドの破片が俺の額に直撃。痛い。


「備品を生徒に買わせるほど落ちぶれてはいない」


 どうやら弁償はしなくていいらしい。よかった。

 俺は剣を納め、息を整える。

 なんだか今日は体の調子がいい。いつも以上に剣が冴えわたっている。というより、明らかに運動能力が上がっている。筋力もスタミナも昨日とは段違い。五感も鋭敏になっている。

 考えられるのはスキルの影響しかない。拳は振るっていないはずだが。

 考え込む俺の耳に、ふとわざとらしい咳払いが入ってきた。


「ああ。ところでマイヴェッター。朝食はもう済ませたのか?」


「いえ。まだですが」


 額をさすりながら答える俺に、教官は小さな背中を向ける。


「そうか。ならば汗を流したら私の部屋にこい。ロッドを壊した記念にモーニングを馳走してやろう」


 思いがけぬ招待に、俺は再三の戸惑いを覚える。


「ええっと」


「断ってくれるなよ。リーベルデ様のご滞在中は待機命令が出ていてな。私も暇を持て余している」


「はぁ」


 それにしたって異性の生徒を食事に誘うのはいかがなものか。

 とはいえ行かなかったら後が怖い。俺は笑顔で快諾するしかなかった。

 まぁ、子どもみたいな見た目とはいえ若い女性と食事を共にできるのは喜ぶべきなのだろう。でも教官だしなぁ。


「ああそうだ。貴様が散らかしたそのゴミ。ちゃんと片づけておけよ」


 そう言い残して修練場を去っていく教官。

 ゴミって。この砕けたロッドのことですか。


「ええ……」


 いやまぁいいけどさ。折ったのは俺なんだし。


「やっぱりちょっと怒ってたんだな」


 そう考えると教官もちょっとは可愛げがある気がしてこないこともない。うーん。気のせいだろうか。

 なんとなく軽くなった心持ちで、俺は後片付けに取り掛かるのだった。

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