第17話 修練場にて

 聖女が滞在しているといっても、やることはいつもと変わらない。

 座学。戦闘訓練。ダンジョン探索。任務があればそれを遂行する。

 同級生達はその空き時間に鑑定の儀を行っているようだが、初日に済ませている俺はそんな予定に縛られることもく、昨日の件についてゆっくり考えることができる。

 と、思っていたのだが。


「朝から精が出るじゃないか。マイヴェッター」


 剣の稽古中にしかめっ面のフォルス教官がやってきたには、俺は思わず型を崩してしまった。


「おはようございます」


 こちらに歩いてきつつ修練場を見渡す教官。だだっ広い屋内には人も疎らだ。


「今朝はやけに少ないな」


「聖女が来ているせいでしょう。みんな浮足立っているんですよ」


「たるんでいる」


 そうかもしれないが、彼らの動揺も仕方ない。聖女と直接話せる機会なんて一生に一度あるかないかだ。敬虔であればあるほど気持ちも昂るだろう。


「相変わらず浮かない顔をしているな」


 唐突にそんなことを言われ、俺は顔を押さえた。


「……色々とありまして」


 ここ数週間の苦境に加え昨日の出来事だ。いっぱいいっぱいであるのは否めない。

 修練場の高い屋根には魔導の照明が煌々と焚かれている。窓のない頑丈な壁で囲まれたこの場所は、時間帯や天候に関わらず訓練に打ち込める恵まれた環境だけども、清々しい朝陽を浴びられないのは玉に瑕だ。


「聞いたぞ。リーベルデ様からのお誘いを断ったそうじゃないか。誰もが羨む神聖騎士になれるチャンスをふいにするとは、まったく生意気な男だ」


「……どこでその話を?」


「メローネ様とは旧知の間柄でな。今も懇意にさせてもらっている」


 あの人が教官に話したのか。

 この様子だと俺のスキルについては知らないようだ。そりゃそうか。教官は敬虔な信徒だから、知っていれば俺を拘束しようとするだろう。


「どうして騎士の誘いを蹴った? 十年も浪人して学院に入ったのは、名を上げて身を立てるためではなかったのか?」


「俺は騎士にふさわしくありませんから」


「誰かにそう言われたのか」


 俺は答えない。

 誰が言うとかそういう問題じゃなく、教会の戒律が俺の存在を否定している。だが、それを教官に伝えるわけにはいかない。

 おそらくメローネも、俺のスキルに関する部分を省いているだろう。


「仮に俺が騎士になったとして、教官は納得なさるんですか。不純な動機で騎士を登用するなんて信仰の範を垂れる聖女にあるまじき行為では」


 吟味した結果、絞り出したのはそんな言葉だった。


「なんだ。私が納得するかどうかを気にかけるのか?」


 教官は可笑しそうに笑いを漏らす。


「リーベルデ様とて年頃の少女。一切の情を捨てられるはずもあるまい。むしろ人より情が深くなければ聖女は務まらん」


「文句はないと」


「口に出さんだけだ。他の者も同じくな。そしてこう考える。聖女の深遠なお考えを、我々の浅はかな見識で測ってはならないと」


 敬虔な信徒ならそうなのだろう。

 だが世の中には中途半端な信仰者や、教義に疑いを持つ者もいる。中には教会の体制に批判的な連中だっているに違いない。


「教官。俺が苦労して学院に入ったのは人の役に立つためなんです。ここで力をつけて困っている人のために戦おうと、本気で思ってました。俺みたいな劣等生が何を偉そうに言ってるんだって話ですけど」


「そんなことはない。立派な志だ」


 いつかクレイン達が一笑に付した目標を、教官は真摯に聞いてくれた。


「ならば尚の事、神聖騎士になるべきではないか」


 俺は首を横に振る。


「俺が騎士になったところで、リーベルデ様を不幸にするだけです」


 俺のスキルが『ハードパンチャー』である以上、この運命からは逃れられない。

 教官は顎を押さえ、ふむと息を吐く。


「マイヴェッター。構えろ」


「へ?」


 教官は唐突に腰のロッドを抜く。


「今日は特別だ。個人指導をしてやる」


「ええっと……」


「稽古をつけてやると言っているのだ。さぁ、かかってこい」


 俺は戸惑いつつも剣を構える。左足を下げて半身を晒し、腕を下ろして切っ先を斜め上に向ける。戦闘教導で最初に教わった対人の基本となる構え。


「ほう。なかなか様になっているじゃないか」


 教官に褒められるとは意外だった。

 他の構えを使いこなせない分、これだけをしっかりやってきた甲斐があったというものだ。


「行きます」


 呼吸を整え、床を蹴る。

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