第16話 心と心

 やってきたのは庭園の隅。照明が届きにくく、生垣によって死角となる場所だった。


「驚いたでしょう? あの子ったら、急に感情的になるんだもの」


「ええ。まぁ」


 普段から年若い同級生を見ている分、若者の繊細な情動には慣れていると思っていたが、どうやらとんだ思い違いだったらしい。リーベルデが泣き出してしまったことに、俺はかなり狼狽していた。

 メローネはほうっと息を吐き、柔和な微笑で瞼を落とす。


「あの子はね。ずっと我慢してきたの。常に聖女らしくあろう。信徒の期待に応えようって。でもね、年頃の女の子がおしゃれもできない。自由に遊びにもいけない。たまの娯楽といえば、賓客として見る古臭いお芝居くらい。かわいそうだと思いませんか?」


 信仰と巡礼に青春を捧げるからこそ聖女は尊いとされる。同時に憐れにも思えてしまうのは、俺の信仰心が弱いせいではないようだ。


「あの子はフリードさんに会えるのを心待ちにしていました。今まで頑張ってこられたのも、立派になった姿をあなたに見てほしかったから。それなのにあんな風に拒絶されてしまったら……泣いてしまうのも無理はありません」


 ほんの少し咎めるような声色が、俺の良心をちくりと刺した。


「俺に彼女の想いを受け入れろというんですか」


「叶うことなら」


「そんな馬鹿な。背負うリスクが大きすぎる」


 戒律に違背するスキルを持つ俺を騎士に取り立てようものなら、教会に言い訳はできない。長々と隠しきれるものでもあるまい。いずれ秘密は露見し、リーベルデは冒涜者として尊厳を失う。


「俺が死ねば済む話でしょう」


「その自己犠牲の精神。感服に値します。私にはとても真似できそうにありません」


 自嘲的な声色のせいだろうか。どうにも皮肉には聞こえなかった。


「安心してフリードさん。あなたがどのような選択をしても、あの子の運命が変わることはないわ」


「それってどういう」


「余計なことを考えず、あの子の望みを叶えてあげて欲しい。そういうことです」


 慈母のような微笑み。


「あなたはあなたで、変わった考えを持っているみたいだけど。分かり合う努力だけは、怠ってほしくないの」


 言わんとすることは理解できるけどさ。

 俺は過去の記憶を掘り起こす。

 たまたま助けた少女が聖女になって会いに来るなんて、一体誰に予想できるというんだ。ましてや本来殺すべきを者を騎士に取り立てようとするか。普通。

 いや。それを理解できないのは、俺がリーベルデの十年を知らないからなのだろう。

 彼女がどんな思いで聖女になり、どのような道を歩いてきたのか。

 こりゃ俺も、すこし頭を冷やすべきだな。


「すこし、考えさせてもらえませんか」


 今すぐ決めることはできない。じっくりと考えてこそ見えてくる選択もあるだろう。

 メローネの微笑が、わずかに温度を増していた。


「私達の滞在は今日を含めて七日。来週の朝には学院を発ちます。それまでに、しかと答えを出してくださいね」


「……必ず」


 それからの記憶はない。

 気づけば寮の自室に戻り、ベッドの上で天井を仰いでいた。

 冷静になった俺に、今更ながら焦りと戸惑いの激流が押し寄せてくる。どうすればいいのか。まるっきり見当もつきやしない。

 疲れた。今は何も考えたくない。全ては明日の自分に委ねよう。

 俺は瞼を落とし、逃げるように眠りに落ちていった。

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