第15話 夜空に声の霹靂

 しばらく、言葉は返ってこなかった。


「何を、仰るのです。ご冗談はおよしください」


 乾いた笑い。

 顔を伏せた俺にはリーベルデの表情が見えない。けれども、どんな顔をしているのかはなんとなく察しがついた。


「フリードさんには、私の騎士団に入って頂こうと思っているのです。私と共にいれば、あなたのスキルを隠し続けられます。隠したままスキルを使うことだって。そうすれば、その力を存分に振るえるのですよ。地位も名誉も財産も、思うがまま」


 魅力的な話だ。

 俺は首を横に振る。


「あ、もしかして信仰について気兼ねされているのですか? それなら問題ありません。これから共に学んでいけばよいのです」


 信仰心の有無は関係ない。俺の為に偉大な人物が犠牲になるなんてあってはならない。惨めな思いをさせてはならない。それだけなのだ。


「リーベルデ様。どうか、賢明なご判断を」


 俺は頭を垂れたまま、じっと処断を待つ。

 再び訪れる沈黙。

 リーベルデの荒い息が、やけに大きく聞こえた。


「どうしてなんですか」


 悲哀の声に聖女の響きはなく、ただ真心の音だけがあった。


「わたしの気持ちを知っていて、どうしてそんなこと言うんですかっ」


 俺を守ろうとしてくれるのはありがたい。それだけでもこの上ない栄誉だ。

 だからこそ、俺も覚悟を決められる。


「平和のために人生をかける聖女と、何の才もない劣等生の命。どちらに価値があるか、秤にかけるまでもありません」


 世界中の人々がリーベルデを必要としている。対しては俺はどうだ。誰の役にも立っていない。ただ頑張って生きているだけの無能に過ぎない。

 彼女の申し出は恋ゆえか、あるいは恩ゆえか。どちらも彼女にとって大切な想いに違いない。だが、それはあくまで個人の感情だ。


「聖女のお役目は人々を助け導くこと。その為には時に切り捨てなければならない物もあるでしょう。この世は綺麗事では回っていない。聖女として旅をされているのなら、あなたもよくご存じのはず」


「そうじゃない! わたしが言ってほしいのは、そんな言葉じゃないっ!」


 もはやリーベルデに聖女の佇まいはなかった。感情のままに声を張る。年相応の少女の振る舞いだった。


「卑怯なのはわかってます! 自分の立場を利用してあなたの気を引こうなんて……でも、わたしにはそれしか方法がないんです」


 心からの叫び。泣き声が混ざっていく。


「それともわたしへの当てつけですか! 打算と下心の浅ましい女だって、そう言いたいんですか!」


「リーベルデ様。なにを――」


「仕方ないじゃない! 聖女なんかになってしまったばっかりに、人並みに恋もできない!」


 散った涙が、俺の頬を叩く。


「あなたなら……フリードさんなら分かってくれると思ってたのに。なのにどうして、そんなこと言うんですか……」


 ローブの裾を握りしめ、さめざめと泣き出すリーベルデ。

 正直、呆気に取られていた。

 俺の主張は確かに最善ではないだろう。だが道理には適っているはずだ。


 このやり取りを聞いているメローネは、一体なにを考えているのか。いざとなれば、彼女に直接頼まなければならない。

 視線を動かすと、ちょうど彼女と目が合った。眉尻を下げ、困ったような微笑みを浮かべている。

 足音なく傍らにやってきたメローネは、そっと俺に耳打ちした。


「こちらへ」


 促され、立ち上がる。

 俯いたまま嗚咽を漏らすリーベルデに心を痛めながら、俺はパビリオンを去るメローネの背中を追った。

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