第69話 出立の朝

 翌朝。


 身支度を整えた俺は、旅立ちの挨拶をする為にリーベルデの居室を訪れた。

 テーブルについていたリーベルデは、疲労の滲んだ表情で俺を迎える。


「おはようございます。フリードさん」


 浮かべた微笑みにも力がない。


「どうなさったのですか? お疲れのようですが」


「いえ。昨夜はすこし考え事をしていまして、あまり眠れなかったんです。だいじょうぶ、ご心配には及びません。ただの寝不足ですから」


 見るからに空元気だった。

 リーベルデの髪を繕うメローネが、こっそりウインクを送ってくる。本当に心配ないということだろう。


「メローネから聞きました。ガウマン侯爵の所に向かわれると」


「はい。今朝には、もう出発しようと思っています」


「わざわざこちらから出向かなくとも、私の名で呼び立てることもできますよ?」


「今回の事件において、俺は彼を重要参考人であると考えています。あくまで憶測の域を出ませんが、反教会派の有力貴族というだけでも話を聞く価値はあるはず。こちらから出向くのは、彼が首謀者であった場合を考慮して余計な準備をさせたくないからです」


「でも、なにもフリードさんが直接行かなくても」


「この役目を担うのは、俺が適任だと思っています」


 向こうに動きを気取られたら意味がない。それにリーベルデ達の事情を理解している俺なら、双方の間で上手く立ち回れるだろう。


「仰る通りです……わたし達は、彼を贔屓目で見てしまう節がありますから」


 声を小さくし、申し訳なさそうに俯いてしまう。


「お気に病むことはありません。お二人の過去を考えれば当然です」


 リーベルデははっとして振り返る。くすりと笑みを返すメローネ。それで伝わったようだ。


「俺は侯爵の罪を暴きに行くわけではありません。俺だってお二人の恩人を疑いたくはない。想いだけを申し上げれば、潔白であってほしいと思っています」


「フリードさん」


「ご安心ください。俺はあなたの騎士です。騎士として共に歩む誓いは、決して破りません」


 疲れた顔が、ほんの少し生気を取り戻す。


「ありがとうございます。それを聞いてすこし安心しました」


 寝不足だと言うが、彼女は一晩中眠れなかったに違いない。俺への想いとガウマン侯爵へと信頼の狭間で、強い葛藤に苛まれていたことだろう。これは俺のうぬぼれではないはずだ。

 途端に後ろめたくなってくる。リーベルデが思い悩んでいた間、俺はフォルスと甘美な夜を過ごしていた。いや、いま思い出すのはよそう。ボロが出そうだ。

 ひとまず、フォルスとの関係は隠しておいた方がいい。この事件を解決し、俺が正式に学院を辞めるまでは、世評的にもよろしくないだろうから。


「ですがお一人での旅は危険もありましょう。途中まででも、同行した方がいいと思いませんか?」


「ああ、いえ。言い忘れていましたが、一人ではございません。侯爵領へはフォルス教官が同行してくれます」


「あの人が?」


 あからさまにムッとした顔になるリーベルデ。


「あら。それなら心強いわね」


 間を置かず、メローネがぽんと手を叩いた。


「あの子なら魔王のことも知っているし、学院の内情だって把握しているわ。きっと助けになるでしょう」


「だといいですけど」


 メローネのフォローも空しく、リーベルデはむすくれてしまった。

 フォルスと一緒であることは隠さない方がいいと思った。ここで多少拗ねられたとしても、後で発覚するよりははるかにマシだ。俺達が関係を持ったことについては、プライベートということでひとつ。


「フリードさん」


「はい」


「この際だから言っておきます。わたしは、あなたが他の女性と仲良くしていると、その……とっても機嫌が悪くなります。ですから、あまりわたしにそういった素振りを見せるのはやめてください。今回はまぁ、仕方ないですけど」


 つんと言い切るリーベルデ。苦笑するメローネ。


「気をつけます」


 それ以外になんと言えばいいのか。

 やましいことは何もしていないのに、不貞を咎められる浮気男のような気分だ。


 なにはともあれ、これで学院とはしばしのお別れだ。


「では、言って参ります」


「お気をつけて。フリードさん」


「おみやげ。忘れないでね」


 俺は二人に見送られ、部屋を後にする。

 ガウマン侯爵への訪問で、必ず何らかの収穫を得る。

 心にそう定め、俺はフォルスの待つ飛空艇乗り場へと足を向けた。

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