第68話 成就

 淡い光が、瞼の隙間を抜けてくる。

 眩しさに責められて目を覚ますも、瞼はぐっと落としたままだ。

 頭の奥が重たい。不思議と体はすっきりと軽い。

 小さく唸ってみると、目の前の眩しさが去っていく。それでやっと、俺は目を開くことができた。


「おはよう。フリード」


 美女というには幼く、少女というには大人びている。咲き始めのつぼみのような微笑みが、俺の視界を埋めていた。小さな顔がさらに近づく。唇の先がちょんと触れると、彼女は満足そうに笑みを浮かべた。

 その手には傘状の魔道具。どうやら俺の眠りを妨げた眩しさは、枕元の間接照明だったようだ。


「そろそろ夜明けか……」


 窓の外はほんのりと明るみ始めている。


「いつもこんな早起きなんですか?」


「いいや。眠れなかっただけだ」


 フォルスは俺の手を取り、控えめな胸の膨らみに触れされる。


「ほら、まだこんなに高鳴っている。昨夜からずっとだぞ。危険指定種との戦闘だって、こんな風にはならない」


 フォルスを抱き寄せると、俺の腕に中にすっぽりと収まってしまう。彼女の耳は、俺の鼓動を聞いていた。


「お前は普通なんだな」


「そりゃ寝起きですから」


「なんか癪だぞ」


 しばらく俺達は二人して呆けていた。

 営みの余韻に浸り、お互いのぬくもりを感じ合う。

 突然、フォルスが小さく噴き出した。


「まさか、教え子に手籠めにされるとはな。考えたこともなかった」


「人聞きが悪いですよ」


「なんだ。事実だろう?」


「誘ってきたのはフォルスだったような気が」


「それでも、私はずっと翻弄されっぱなしだった」


「乱れてたって言うんです。あれは」


「意地悪だぞ。フリード」


 抗議するように、ぎゅっと抱き着いてくるフォルス。


「ここ最近、お前の新しい一面をたくさん知ったよ。出来は悪くとも勤勉で愚直なかわいい奴だと思っていたが、実は女泣かせの軟派男だったとはな」


「失望しました?」


「たわけ。だったらこうはなっていまい」


 銀の髪に顔をうずめる。汗とシャンプーの混じった蠱惑的な香りが鼻腔を刺激する。


「俺も、あなたの知らない一面をたくさん見た。皆から恐れられる怒り竜が、こんなにかわいらしい女の子だったなんて」


「やめろ。そういうのは」


「照れますか?」


「それもそうだが……違うんだ。なんというか」


 これ以上言わせるなと言わんばかりに、フォルスは唇を尖らせる。その頬はほのかに紅潮していた。


「もういじめないでくれ。私は、こういうのに慣れていない。わかっているくせに」


 拗ねたような声が、俺の嗜虐心をくすぐった。

 体を回転させてフォルスの上になると、彼女はほんの少し怯えたような目で見上げてくる。


「もっとあなたを知りたい」


 細い首に舌を這わせる。艶めかしい吐息が漏れた。


「そうだな。まだ朝まで時間はある」


 余裕ぶった返事は、今のフォルスにできる精一杯の強がりのように思えた。


「私にも、もっとお前を教えてくれ。フリード」


 俺達は再び重なり合う。

 いま俺は、この上なく満たされている。実のところ俺はずっとこうなりたかったのかもしれない。

 思い返せば、劣等生だと蔑まれていた俺をずっと励ましてくれていたのはフォルスだった。俺が学院を去らずにいられたのも、彼女がいたからこそ。

 今まで自分の想いに気が付けなかったのは、怒り竜という表面上の印象に囚われていたせいか。尊敬や憧れ以上の感情を自覚するには、俺は弱すぎたのだ。

 そんな俺が、戦士としても男としても、この人に認められた。

 ずっと彼女に惹かれていた。報われてからそれに気付くなんて、俺はなんという鈍感野郎なのか。


「難しい顔をするな。不安になるだろう?」


 フォルスの細い指に頬を撫でられる。


「……俺も、余裕がないんです」


「ふふ。嬉しいことを言ってくれる」


 熱くなる身体。蕩けていく意識。

 夜明け前の部屋に、睦言と荒い息遣いが小さく響いていた。

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